第3話「過去の英雄の……」

「おい、おっさん! おっさんってば!」

 その時ラファールは少しの間気を失っていた。肩を揺らすのはソレーユ。

 模擬戦闘でソレーユの炎魔法を食らったラファールは、ハッと目を覚まし首を振った。

「くっ、やるな……小娘の癖に」

「四歳しか違わないのに小娘とか言われる筋合いないよ? おっさん」

「私はおっさんじゃない!」

「おっさんの癖に一人称私なの、直した方がいいぜ。あたしは嫌いじゃないけど」

 二十歳のラファールはフラワーナイトとして例外的に受け入れられた十六歳のソレーユの相手をし、プライドを粉微塵にされたのである。

 ソレーユは魔法士としての腕前は異常と言ってよかった。

 それまで女性をフラワーナイトにすることはなかった上に十六歳で受け入れられる事は他に例を見なかった。

 ラファール自身も十八歳からフラワーナイトとしての職務についている。

「試験はこれで終わりだな。どう?あたしはフラワーナイトになれそう?」

「実力だけ言えば間違いないな」

 そう言い隊長は拍手を送った。

 何故試験官にラファールが選ばれたかというと、若きエースとして副隊長に選ばれるほどの実力を誇っていたからである。

「例外として、ソレーユ=エステレラをフラワーナイトとして認める。異論のある者はいるか?」

 こうしてソレーユはラファールと同じ隊、一番隊に入隊した。鍛錬を真面目に積むラファールと、魔法の修行をするソレーユ。

 違いはあったが国のために戦うという事は違いなかった。やがて国が騒がしくなる。当時の国王は国の領土を拡げようとしていた。戦争が始まる。

 当然フラワーナイトは最前線で戦うことになった。

「ソレーユ、死ぬのが怖くないのか?」

「ラファール、あたしは怖いよ? 誰かが死ぬのは。だから行くんだ。誰かを守るために」

 ラファールはせめてこの娘だけは守らねばと決意した。そして戦争は激化していく。仲間が死んでいく中で二人は生き残った。

 敗戦した後帰国した二人を国は英雄だと祝った。何故ならほとんど敵を殺さずに味方を守り通したからだ。

 ラファールは亡くなった隊長の後を継いでフラワーエースナイトとなった。ソレーユは大魔法士として讃えられた。

 ラファールが二十九歳、ソレーユが二十五歳の時である。そして、二人は結ばれる。

幸せの絶頂だった。だが……。

 一年後、子供を産んだ時ソレーユは殺された。

「何が……」

ラファールは項垂れていた。

「何が、エースナイトだ!!! 妻も子も守れないで!!!」

ラファールは号泣し物に当たり、職務も全うせず、ただただ家で荒れていた。やがてソファに座ったまま食事もろくにとらなくなる。そんな時だった。

 家のチャイムが鳴る。

「誰だ……?」

 隊の者が来る時間ではなかった。玄関に行きドアを開けると。

「ソ、ソレーユ!!」

「違います」

 モーネは、泣き腫らした顔をしたラファールをそっと受け止め説明した。

「ソレーユの妹のモーネです」

「い、妹!? そうか、そういえば葬儀で……」

「ええ、会いました。あの時はまだ正気だったんですね。まぁ双子の私を間違えるのは仕方ないかもしれませんが」

 モーネは、手を離すと中へ入ってもいいか尋ねた。ラファールは散らかっているからと言ったが、お構いなく中へと入っていった。

「すまない……」

「え?」

 モーネが振り返るとラファールは再び泣いた。

「君の姉を守れなかった。私はソレーユの夫失格だ」

「言ったって仕方の無いことです」

 ラファールは泣き崩れる。すまないと繰り返す彼の頬に優しく触れた。

「私、昔姉さんを恨んでいたんです」

「え?」

 戸惑うラファールにモーネは続けた。

「私は姉さんと正反対で魔力が全くないんです。だから姉さんに魔力を取られたんだって、思ってました」

「そうなのか」

「でも姉さんは私にも才能があるって言ってくれたんです。それは人を笑顔にする力だって。魔力がなくても人に寄り添って人を笑顔にできるって言ってくれたんです。だから今日はラファールさんを笑顔にしにきました」

 その優しい言葉にも、俯くラファール。

「私は……、今は笑顔には……」

「今笑顔になる必要なんてありません。でも前に進んでください。姉さんは最期になんと?」

「あなたは生きて……、と」

 その言葉にモーネへ強く頷いた。

「あなたは生きてるんです。だから何が何でも生きてください」

 そう言うとモーネは家の中を片付け始めた。

「少しずつでいいんです。前に前に。姉さんが愛したあなたはもっと素敵なはずです」

 彼女の言葉を噛み締め涙を拭い、ラファールは立ち上がった。モーネが言った言葉を頭の中で反芻する。

「あなたはこの国の希望。そうでしょう?」

 ふらりとラファールは洗面台に行き顔を洗った。伸びた無精髭を剃り髪を整える。

「モーネさんありがとう」

 モーネはニッコリ笑いラファールと共に家の中を片付け終えた。

「私はスィミヤー修道院でシスターをやっています。いつでもあなたの悩みを聞きますから、気兼ねなく来てください」

 そう言ってお辞儀をしてモーネは帰っていった。それ以来ラファールはスィミヤー修道院に時々訪れるようになったのだった。


 現在に話を戻す。

「私が元気になったのはモーネのおかげなんだ。本当に人を笑顔にするのが上手な人だよ」

 ラファールは誇らしげに言う。

「そんなエピソードがあったんですね」

アルズとユスティシとメイリーは聞き入っていた。

「君達を連れてきたのは君達にはモーネを紹介してもいいだろうと思ったからだ。特にアルズにはな」

「ふふっ、確かに姉さんに似てる気がしますね」

「そうですか? なんか照れますね」

 アルズは顔を赤らめた。大魔法士と似てるなんて言われて嬉しくないわけがなかった。アルズ達はその後も日が暮れるまで話をした。

 夕飯をご馳走になり床に布団を敷いて泊まらせてもらうことになる。翌日朝ごはんを頂き、モーネに修道院の裏手に案内された。

 そこには辺りいっぱいにアラセイトウが咲いていた。

「この花は平和の花なんです。ここには戦争で病んでしまった方々が癒しを求めてやってきます。皆、平和を願っている。あなた達はこの国ナイトですが意味もなく戦うわけではないと思うんです。誰かを、何かを守るために戦っています。だから私にできる事は、あなた達が剣を振るわなくていいように平和を祈ることだけなんです」

 そう言うと膝をつき祈り、平和の歌を歌うモーネ。アルズ達も共に歌った。

 昼前にはモーネに別れを告げる一行。

「また来てくださいね」

 モーネは笑顔でアルズ達とラファールを見送ろうとする。ラファールはモーネとハグを交わし、馬に乗る。長いハグのその様子を見てユスティシは囁いた。

「なぁ、ラファール様ってモーネさんのこと……」

「しーっ! そんな事見てたらわかることでしょ? きっとそうよ」

 メイリーは、人差し指を立てて口元に当て聞こえたらまずいでしょと言った。

「二人はそういう関係ではないと思うけどなぁ」

 アルズがそう言う。

「アルズにはまだ難しいかもね」

 メイリーはそう言って笑った。

「ん? どうした? 何を話しているんだ?」

 ラファールが馬で近づいてくると、手をブンブンと手を振るメイリー。

「何でもないです! 何でも! ね? アルズ! ユスティシ!」

 慌ててアルズとユスティシに話を振るメイリー。

「そ、そうです! 何でもありません! ん? アルズ?」

 二人の様子にアルズは笑っていた。ラファールは困った顔をする。

「一体なんだと言うのだ?」

 そう首を傾げた。

「何でもありませんよ、ラファール様。さぁ、帰りましょう」

「ふむ? そうだな、三人とも帰りもしっかり付いてきなさい」

 まだ道も覚えられてないだろうからと先陣を切るラファールに、ふふっと笑って付いていく三人だった。

 隊舎に戻り各自部屋に戻るとアルズは考えていた。アルズは十八年前にハイルアーイラ孤児院の院長に拾われた。

 拾われた時森の中に置き去りにされていたという。それが事実ならアルズがラファールの子供であることはないだろう。

 だがモーネはソレーユに似ていると言っていた。何かが欠けている、そんな感覚に陥っていた。

 考えてもわからないものはわからない。アルズは眠りに落ちた。


(可愛い可愛い、愛しの子よ。よしよし、いい子いい子。素敵な子に育つのよ)


「はっ!! え? あれ?」

 アルズは夢を見て飛び起きた。

「お母さん?」

 知りもしない母親の夢を見た気がした。優しい声だったと思うが、頭からスっと抜けていく。

 ため息をついたアルズは部屋を出た。食堂に行くと一番乗りだった。当然だ、まだ朝五時である。

 朝ご飯を食べる前にランニングすることにしたアルズは隊舎の周りを走った。走った後筋トレをし魔法の魔力トレーニングをし、朝ご飯の時間まで鍛えて過ごした。

 朝六時頃になってメイリーとユスティシも起きてきた。

「うっわー、何よ? 汗びっしょりじゃない」

「ちょっと早く起きちゃって、鍛錬してた」

「俺も負けてられないな! 走ってくる!」

「待って! 僕も行くよ」

 その様子にメイリーは一声かけた。

「アルズ、気合い十分なのはわかるけど飲み物くらい飲んでいきなさい。倒れるわよ」

 水を飲んだアルズは、ユスティシを追いかけて再び走る。メイリーはその様子を笑って眺めていた。

 朝食を三人で摂ると、その後から他の隊員達と訓練に励む。アルズは特に新任の副隊長として実力を見られる機会が多かった。

 それでもその肩書きに恥じぬようにと努力を惜しまないアルズを見て、士気があがっていく。

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