第2話「フラワーナイト」

こうしてラファールの推薦を受け、数日後アルズとメイリーとユスティシはラファールの隊に入隊した。

 入隊式ではラファールが挨拶をした。

「諸君! 私は君たちの入隊を歓迎する! 第一部隊として誇りを持ってフラワーナイトの職務にあたってほしい」

 副隊長からは当面の間は訓練で己を磨くようにとの事だった。広い個室の寮部屋を与えられた隊員達は早々に浮かれていた。

 そんな中アルズとメイリーは訓練場にて魔法なしの試合をしていた。何度やってもメイリーの勝ちだった。

「くそー! もっと強くなりたい」

 アルズは叫ぶ。

「アルズは十分強いわ」

 汗だくの中、メイリーの言葉にアルズはため息をついた。

「魔法があれば、だろ? 人は才能っていうけどさ、そんなものだけじゃ自分の実力なんて測れないんだよ」

「私はアルズが羨ましいけどなー」

 魔法を上手く扱えない彼女は、多くの魔法を扱うアルズを羨む。

「メイリーはラファール様にも勝ったじゃないか」

「魔法があったら歯が立たないわ。その点アルズは魔法ありでも勝てる可能性あるじゃない」

 アルズならラファールを越えることも可能だと暗に言うメイリー。

「よう、やってるな。お二人さん」

 ユスティシも訓練場へやってきた。そこからは三人で鍛錬する。

 次の日もその次の日も毎日鍛錬に明け暮れた。ただ、ユスティシは少し二人に劣等感を感じていた。

 アルズは魔法の、メイリーは剣技に才能があった。ユスティシは隊員達の中でも筋は悪くない方だったが、二人のように突出した何かがあるわけではない。

 特にアルズは全属性適正という非常に稀有な才能を持っていたからこそ、魔法に自信のあったユスティシには輝いて見えた。

 ユスティシは魔法を扱う名家に生まれた。だからこそ家柄か、魔法の鍛錬は厳しくされてきた。

 その分、魔法に関してだけ言えば誰よりも強い自信を持って入隊試験に臨んだ。結果アルズの実力の前に敗れ、アルズの魔法に魅入られる。

 だがないものねだりをしても意味は無い。ユスティシは二人のようになれなくとも自分だけの何かを見つけようと足掻いていた。

 ある朝アルズ達は朝食のために集まった食堂でラファールと鉢合わせた。

ラファールはニコリと笑ってアルズ達を褒める。

「毎日鍛錬に励んでいるようだな。感心な事だ」

「早くラファール様のようになりたいので」

 アルズは隠すことなく素直に答えた。

「私のように、か。アルズ君、君ならばいつか私が今就いているフラワーエースナイトになる日も来るだろう」

 ラファールは、アルズの肩を叩きながら言った。

「そうでしょうか?」

「アルズならなれるわ! きっと! 私が保証する!」

 メイリーは、アルズの手を取り恥ずかしげもなく言う。

「ふむ、それはそうと。少し昔話をしてもいいかな?」

 ラファールは三人と共に席に座り語り出した。

「私には妻と息子がいた。妻はソレーユ=エステレラ。驚異的な魔力の持ち主でこの世界では稀有な全属性の魔法を操る人だった。20年前の戦争でも私と共に活躍し、大魔法使いと呼ばれた程の魔法士だ」

「ソレーユ様のことはよく知っています。僕はソレーユ様の生まれ変わりではないかなんて言われました」

 ソレーユという名の大魔法士が過去にいたことは有名な話だった。

「私の息子、オールが産まれた時の事だ。出産により魔力が急激に弱っているところを悪漢に襲われ命を落とした。オールも連れ去られ私は追ったが……。あと少しのところで川に落とされ、亡くなったと言われている。生きていれば十九歳。アルズ君の一つ上だな」

 ラファールはアルズを息子のように感じていた。これは運命だと。ラファールの髪はダークグリーン。

 コバルトグリーンのアルズは顔立ちはソレーユに似ているように感じる。ソレーユも右眼はヴァイオレット、左眼がアンバーといったオッドアイだった。

 まるで息子オールを見ているようだった。アルズは孤児。親がわかっていない。もしかしたら、という気持ちが喉元まで出かかっていた。

 だが一年の差がある。アルズは十八歳。一年間誰にも拾われず生きていくのは不可能だ。アルズもまたラファールが父親だったらどんなに嬉しいかと考えていた。だが言葉にしなかった。不器用だったのかもしれない。

「暗い話をしてしまったな。今日は新隊員達に愛馬が与えられる日だ。自分の相棒をしっかり選ぶようにな」

 ラファールは食事を終えるとその場を去った。メイリーはアルズの顔を見て笑った。

「アルズ! 私達は誰が親でも関係ない。昔そう言ったわよね?」

 メイリーは過去の話を持ち出した。それは二人が木の棒で剣の修行じみた事をしていた幼い頃の事だ。

 アルズとメイリーは将来必ずフラワーナイトになって、親代わりである院長先生を助けると誓っていた。

 本当の親が誰でも関係ない。育ててくれた恩を返すのだと。

「恩があるのは院長先生だけではないわ。ラファール様ももう親代わりみたいなものでしょう?」

 メイリーは誰が本当の親であっても産みの親だけでなく育ての親達に感謝する気持ちを思い出させてくれた。

「そうだね」

 ニッコリ笑ったアルズは食事を済ませ、メイリー、ユスティシと共に食堂を出た。

 ラファールの言った通り、今日は自分の愛馬が与えられた。厩舎にてそれぞれ自分と相性のいい馬を探す。アルズは自分と同じ緑色の毛並みをした馬を愛馬とした。

 目が合った時すり寄ってきたのも好印象だったからだ。アルズはグリーンクウィックと名付けた。

 騎馬による訓練が行われ慣れてくると隊列を組んでの訓練も行われた。アルズは騎馬による訓練も難なくこなし更に注目を浴びるようになった。

 フラワーナイトとしての自覚を持ってきたアルズ達は入隊から半年経ったある日ラファールに呼び出された。そこで衝撃の発言をされる。

「アルズをこの隊の副隊長として推薦しようと思っている」

「え?!」

 メイリーは驚き、アルズとラファールを見た。アルズも驚きを隠せないようだった。

「そ、それはいくら何でも横暴じゃないですかね? アルズは入隊から一年も経っていませんよ?」

 ユスティシも動揺を隠せない。だがラファールは本気だった。

「アルズはこの半年間で目に見える程成長した。我が隊の副隊長、チェアスは現在事務的な仕事しかしていない。実力で言えば他の隊員の方が上なくらいだ。だが私がいる間は、実力よりサポート能力を買ってチェアスを副隊長にしていた」

「ならアルズじゃなくてもいいんじゃないですか?」

 ユスティシは恐る恐る聞いてみる。

「もうそれでは駄目なのだ。チェアスは私の後継にはなれん。正式な私の後継が必要だ。それがアルズ、君だ。だが本人の意思も大事だ。どうだ? やってはくれないか?」

「も、勿論です! 有り余る光栄です!」

 アルズは頭を下げた。

「全力で精進し必ず期待に応えてみせます!」

 こうしてアルズが副隊長になることになった。隊員達の中には早すぎる昇進に嫉妬する者もいたが、実力からほとんどの者に認められた。

 その後アルズはチェアスから副隊長としての激務も任されるようになっていった。忙しさから逃げたくなる日もある。

 それでも真面目に真剣に副隊長として取り組んだ。そんな中でも鍛錬は怠らなかった。またメイリーとユスティシとも研鑽することを欠かさなかった。

「俺といてもいいのか?」

「僕がいたいんだ」

 ユスティシは劣等感から卑屈になりつつ、自分といてはマイナスになるんじゃないかと思い尋ねた。

 だがアルズは最初のフラワーナイトの友として傍にいて欲しいと願った。そんなアルズを見て支えようと思ったユスティシは良き友として、また相談役として傍に立つことを決めた。

 そんなある日ラファールは、アルズとユスティシとメイリーに声をかけた。四人分の休暇届けを出し馬に乗ってどこかへ出かけるようだった。

 やがて郊外へ出ると馬を走らせ山道へ入る。魔法も使い馬を走らせること三時間、人里離れた丘にその修道院はあった。

 馬を馬小屋に入れ修道院の扉の側のベルを鳴らす。中から女性が現れアルズ達を歓迎した。

「あの、ラファール様、ここは……」

「あら? ラファールさんったら部下を連れてくるなんて言っておいて、何も教えずに連れてきたんですか?」

 女性は手で口元を隠しクスリと笑った。

「では自己紹介をしましょうか。私はモーネ=エステレラ。この修道院の院長をしています」

「エステレラ? どこかで聞いたことのあるような……」

 メイリーが考えるポーズをとると、ふふっとモーネは笑い言った。

「ソレーユ=エステレラが私の姉です」

「え?!」

「じゃ、じゃあ……」

「私の義理の妹にあたる人だ」

 ラファールが笑った。屈託のない笑顔だった。

「私とソレーユ姉さんは私の双子の姉なんです」

 修道院の離れにある小さな家の中に案内されテーブルの席につくと、モーネはそう言った。ラファールは椅子が足りないため壁に寄りかかった。

 モーネが席を譲ろうとするとラファールは首を横に振った。

「ラファールさんと、ソレーユ姉さんのこと……聞きたいですか?」

「是非!!」

 メイリーがキラキラした目で叫んだ。するとキッチンに行き、紅茶を淹れながらモーネは話し始める。

「まずは私とソレーユ姉さんのことから。私はソレーユ姉さんと違って全く魔力のない人間として産まれたの」

「魔力がない? そんなことってあるんですか?」

ユスティシが聞いた。皆強い弱いがあっても、全くないということはないはずなのだ。

「私は特異体質と言われたわ。逆に姉さんは皆が知る通り、途轍もない魔力を持って産まれたの。そんなソレーユ姉さんだから二十年前の戦争でも活躍したわ。ラファールさんと一緒にね」

「というかモーネさん、もしかしてラファール様に近い年齢? とてもそうは見えない!」

 モーネは四十五歳だというが、二十代と言われてもおかしくない程若々しかった。魔力がないなら魔法で誤魔化してる訳でもないだろう。

 メイリーは若さの秘訣が聞きたがったがアルズが先を促した。モーネは続ける。

「二十年前の戦争で意気投合したラファールさんと、姉さんは結婚して子供を産んだ。でも姉さんと息子さんは……」

 二十年以上前の話になる。

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