ようこそ、異世界へ

「けっ、結界が燃えておる」

「えっ?」


なんだって?

指の痛みに気を取られ、周りに気を配ることができていなかった。


ユアンが険しい顔をしていることにようやく気がついた時だった。


ゴゥン!!!!

破裂音ではない、くぐもった轟音がした。

今までちらちらとしか見えていなかった三色の炎が辺りから吹き上げ、天井からは青色の塊がボロボロ崩れて泉に落ちる。その直後、大量の青い欠片が宙を舞う。


「ふふふ、さっきの轟音で完全に結界が壊れたのぉ。どういう訳かは知らぬが、お主の炎で結界が解けたようじゃ。今から儂はこの洞窟を出るが、お主はどうする?」


ユアンは高らかに笑いながら、俺に視線を投げかけた。


どうするもくそも、煙たいし、息苦しいし、指が痛いし、こっちはそれどころじゃないんだよ! だが、こんなところに一人取り残されるのは嫌だ! ええい、どうにでもなれ! どうなったって、これ以上悪くなりようがないだろ。


「俺も出る! 連れて行ってくれ! 頼む!」


半分ヤケになって、俺は叫ぶ。

ユアンは俺の返事を聞き、にっこり笑った。


あ……、可愛い。なんて思っていたら、ユアンに襟首を掴まれた。

そうするや否やユアンは魔竜の姿になり、飛翔する。瞬間、黒い煙がぶわあああっと舞い、青い欠片が洞窟の床や泉に勢い良く叩きつけられた。


すげーーーーーーーー!!!


台風やジェット機の強風よりもずっと強い、レベチの暴風。重力を無視した凄まじい風圧が俺の両肩にのしかかった。


「キリス。少々辛いじゃろうが、我慢してくれ。目は閉じておいた方が良いのぉ。あと、口も押さえておいてくれると助かる」

「えっ?!!!!!!」


ユアンから忠告を受けた時には、すでに手遅れだった。






「おえーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


青い欠片と黒い煙が混じって、山頂の大空洞から夜明けの空へと昇る。

その空の下で俺は四つん這いになり、地面に向かって盛大に嘔吐していた。


洞窟を上下左右に飛び回るのは、シートベルト無しでジェットコースターと急流すべりを一緒に体験したようなものだった。

気持ち悪くなるとか、酔うとかの次元じゃない。

本気で死ぬかと思った。


「ゲホ、ゲホッ。ふざけんなよ! もう少しまともに飛べなかったのか!」

「あはははは!!!! すまん、すまん。久しぶりの全力飛行じゃったからのぉ!」


俺の前に立っているユアンはお腹を押さえて笑っている。

笑い事じゃないんだよ!!!


俺が胃の中のものを全部出しきった頃、ユアンの背後からゆっくりと朝日が差し込んできた。


「なんじゃ、夜明けか。1000年ぶりじゃの」


ユアンは感慨深そうに目を細め、右手で太陽の光を遮る。


「お~!!!!!!」


目の前の光景があまりに美しく、俺は思わず感嘆の声を漏らした。


朝日によって、薄暗かった景色が徐々に照らされていく。

頭に猫耳の生えた変な鳥が集団で空を飛び、広大な草原にはウサギとキリンを混ぜたような大型獣が二匹歩いている。さらに遠くの方には、さまざまな色と形の山脈、何処までも続く川、霧深い森が見えた。

アニメや小説のような派手さはないにしろ、なんて神秘的で綺麗なんだ。


景色に見惚れている俺に対し、ユアンがゆっくりと手を伸ばしてきた。彼女に付けられた鎖と手錠が朝日に照らされ、きらりと光る。


「少し地味かもしれんが、ここが儂の世界じゃ。こんなことを儂がいうのも変かもしれぬが……。ようこそ、キリス。歓迎するぞ」


「……! こちらこそよろしく。ユアン」


俺は彼女の手を取り、立ち上がる。


外見も変わってない、華やかなチートスキルもない、いきなり結界に閉じ込められる、不甲斐ない自分に落ち込む。

俺が想像していた異世界ライフとは、全く違った。


でも、今目の前にある光景は、異世界の始まりにぴったりなんじゃないか?


朝日に照らされた美しい景色、美しい魔竜の少女から差し出された手。

あ~、涙が出てきそうだ! 色々あったけど、なんかグッときた。

異世界にきて良かった!


「異世界の皆さん! 私ことキリス! これより、異世界の皆様と暮らすことになりました! どうかよろしくお願いしまーーーーーーーす!!!!!」


感極まった俺は両手を広げ、山頂から異世界の人々に向け、大声で挨拶を叫び散らかしたのだった。


この異世界で、俺も小説やアニメの主人公みたいに気のいい仲間を集めたり、邪悪な陰謀を打ち破って世界を救ってみたいぜ!!!!

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