俺も魔法を使いたい!!!

「これで良かったかのぉ?」


俺の近くまで戻ってきたユアンはその場に腰を下ろし、胡坐をかいた。


「良かった! 良かった! すごく良かったよ! ありがとう!」


冷気が残っているのかまだ肌寒いが、それを超えるほどの興奮が俺の身体を熱くしている。


カッコいいなぁ、魔法は。

もしかしたら、俺もこの世界に来たことでワンチャン魔法が使えるようになってたり……?


「なぁ、ユアン。ああいった魔法は、この世界では誰でも使えるのか?」

「んん~。誰でもは、使えないような気がするがのぉ」

「なぁなぁ、俺も魔法を使えるかな?」


この際、何でもいい! 火でも水でも電気でも、何でもいいから魔法が使いたい!

外見が変わってなかったんだ。魔法の才能ぐらいは、あってほしいぜ!


「はて、どうじゃろうか? 見てみんとわからんのぉ。どれどれ?」


ユアンは突然俺の両肩を掴み、勢い良く自分の方に引き寄せた。

俺の額と彼女の額が激突する。


「痛っ!!!」


俺の額に激痛が走る。


いってえええ〜! いきなりなんなんだよ。

というか、……近っ。

ユアンの口元が、こんなに近くにある。


小中高の学生生活でも、こんなに異性と接近したことはなかったぞ!!!

俺は今まで誰とも付き合ったことがない。だから、こういうことに耐性がないんだ……!


こうして間近で見ると、ますます綺麗だな。

髪の毛もサラサラだし、肌も白い。線の細い体つき、胸は……。


俺がユアンの胸元に視線を移そうとしていた時、俺は彼女の腕から解放された。

ユアンの白い額が俺から離れていく。あ〜……。名残り惜しくて、俺は彼女の額をじっと見てしまう。


「んん~、わからんのぉ~。頭の中を確認すれば、その者の才能や可能性が見えるはずなのじゃが。ん? なんじゃ? 頬を赤らめおって」

「い、いや何でもない。それより、何か見えた?」

「何も見えなかったのぉ。お主の頭の中には黒い煙のようなものが充満しておって、よく見えんかったのじゃ」

「それは、つまり……?」

「わからん」

「なんだよ!!!」


俺は溜息を吐きながら、仰向けに倒れた。

ユアンへのときめきで弾んでいた心が、一気に暗くなる


はぁ……。外見も変わっていない上に、魔法の才能もないなんて。

おまけに結界から出られないから、冒険も出来ない。

俺は、何のために異世界に来たんだ?


「まぁ、そう落ち込むでない。魔法が使えるかどうかはわからんが、一度試してみようではないか」


ユアンが俺の頭上に片手を伸ばす。


「どうやって試すんだよ?」

「お主は、指を鳴らすことはできるか? 中指と親指で指を弾くやつじゃ」

「それが何?」


俺は、ふてくされながら答える。ユアンは苦笑いを浮かべ、話を続けた。


「あれはのぉ、魔法の発動にも使えるのじゃ。両目で中指を見つめ、全身の集中力を中指に集める。そして、ある程度力が溜まったと感じたら、勢いよく親指で中指を弾くんじゃ」


あまり気分が乗らなかったが、俺は彼女の右手をチラリと見る。

白くて小さな手だ。彼女の中指を見つめた途端に寒気を感じ、思考が凍る。


ユアンがパチンと指を弾いた。

そうしたら、小さな氷が瞬時に生成され、俺の鼻に直撃した。


「痛い!」


俺は鼻をさすりながら起き上がり、付近に落ちている透明のものを手に取った。それは、まぎれもなく氷だった。


「ごめん。もう一度見せてもらっていい?」

「ふふ〜ん。すごいじゃろ?」


彼女は自慢げに笑いながら、指を弾く。パチン。

再び氷が出現し、俺の手のひらの上に降ってきた。


「なんだよ、結構簡単じゃん。指を鳴らせばいいんだな? それなら、俺も出来る!」


早速やってみたくなり、俺はすくっと立ち上がる。体をほぐすためにストレッチをして、自信ありげに両手の骨をコキコキと鳴らす。


「まぁ、やってみぃ」


そう言うと、ユアンは横向けに寝そべった。


ふふふ、指を弾くなんて簡単だぜ!

え~っと、両目で中指を見つめて、集中力を中指に集めるんだったよな。


俺は深呼吸してから、両目を見開いて中指を見つめる。目を見開き過ぎたせいか少し身体が痙攣している気がするが、無視することにした。


あれ? ある程度って、どれぐらいだ? 溜まるって、何がだ?

そろそろ良いのか? もう直感でいくしかない。

でも、いきなり何か大きなことが起きても怖いな……。


好奇心だけで試そうと思ってしまったが、急に怖くなってきて、俺の親指が震え始める。

だが、今さら止めるわけにもいかない。俺は覚悟を決めて、指を弾いた。


カスっと、すかしたような音が鳴る。それがおかしかったのか、ユアンは肩を震わせて笑っている。


「あっ!」


俺の右手から、黒い煙がふわりと吹き上がった。


!!!!!!!!!!!


全てを焼き尽くす炎でも、何もかも呑み込む水流でも、天を割る雷でもない。地味すぎる煙だった。それでも、俺は嬉しかった。ただの煙でも、何もないところから煙が上がったんだ。

俺が初めて使った魔法だ!


「おい! 見たか! 煙が出たぜ! 煙が出た!!!」

「おっ、おう。良かったのぉ」


テンションが上がり、俺は何度もユアンに報告する。

ユアンは引き気味に頷いていた。


もう一度試してみたくて、俺は指を弾く。

……カス、カス、カス。

だが、どれも不発だった。


ちゃんと集中しないと、煙さえ立たないんだな。

もっと長い時間集中した方が良いのか? それとも、もっと大きな音を立てて指を鳴らした方が良いのか? いや、もっと力強く弾くべきか?


子供のころにお風呂場で指を鳴らす練習をしたことを思い出し、小走りで泉に行く。そこで手を濡らしてから、指を鳴らす。


パチン。

音は良くなったが、煙が立たない。


「音は、関係ないのぉ。重要なのは、集中力じゃ」


ふいに話しかけられ、俺はユアンに視線を向ける。

ユアンの緑色の瞳が、俺をじっと見つめていた。


「お主は、まだ手が震えておる。時間をかけて中指に力を溜めても、親指で弾こうとした瞬間に指が震えて、せっかく溜めたものが拡散しておる。まだ慣れなくて、怖いとは思うがのぉ。ちと落ち着いてやってみぃ」


ユアンのアドバイスを聞きながら、俺はある事を思い出していた。

親父は煙草を吸う時、ライターで火をつけていた。

真似してみたくなって、俺も後からこっそりチャレンジしていたが、中々火がつかなかったんだよな。親父は簡単に火をつけていたのに。

俺が何度やっても、回転式ヤスリがジリジリと鳴るだけだった。だが、覚悟を決めて思いっきり押したら、火がついたんだ。


そうか、……覚悟か。ビビるな、俺。勢い良く、思いきり!


俺は自分に言い聞かせながら、中指に意識を集中させ、勢い良く指を弾いた。


パチン!


……おっ!!!????


今までにない軽快な音が洞窟に響いた瞬間。

バーーーーン!!! という破裂音と共に、爆発が起きた。

紫色の火花が舞い、俺の視界を覆うほどの黒い煙が上がる。爆発は一度だけではなく、最初の爆発から連鎖しているかのように何度も煙の中で破裂音が繰り返されていた。


「おお~! やるのぉ!!! もう少し時間がかかると思っておったがのぉ」


ユアンは立ち上がって満面の笑みを浮かべ、俺を称賛してくれた。だが、俺はそれどころじゃなかった。


「どうしたのじゃ、キリス」

「い、痛い! 指がつった!!!」


つった右手を左手で押さえながら、俺は痛みでもがき苦しむ。


「ドジじゃのぉ、力ではないと、さっきも説明したじゃろう」


ユアンは額を押さえながら、俺に呆れていた。

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