魔竜ユアン

「え? だ、だれ?」


目を開けると、俺の顔を上からのぞきこんでいる美しい少女と目が合う。

さっきまで、俺は竜と話していたはずだよな? この子は誰なんだ?


俺は上身体を起こし、白い花畑の上に腰を下ろしている少女をマジマジと見つめる。

そうしたら、俺と同じくらいの年に見える少女が宝石みたいな緑色の瞳をパチリと瞬かせた。


「先程まで、お主と話していた竜じゃが」

「は、はあ?」

「すまんのぉ、脅かすつもりはなかったんじゃ。しかし、焦ったぞ。王国の魔導士か確認するために匂いを嗅ごうと近づいたら、急に気絶するんじゃから」


何を言っているんだ?


凛とした美しい顔立ち、腰まである長い金色の髪。

どう見ても人間だ。竜には見えない。


俺は、もう一度少女に視線を向ける。

黒いワンピース風の服を着ているが、少女の身体には大きめの枷と首輪がついていた。

さっきの竜と同じだ。……てことは、マジ?


「本当に竜なん……ですか? 人間に見えますが」


同年代に見えるからタメ口が出そうになったが、一応敬語の方がいいか?

自分を竜だという少女の顔色を伺いながら、俺はたどたどしい敬語で話しかける。

少女は俺の目をじっと見つめ、声を上げて笑った。


「魔法で人型になっておるのじゃ。しかし、近づいただけで気絶するなんて、そんなに怖かったか?」

「当たり前だ! 食べられるかと思ったんだぞ!」


気さくに話しかけてくる少女に俺も気が緩み、タメ口になってしまう。


「ははははははははははははは!」


シンと静まり返っていた洞窟に、少女の笑い声が反響する。

笑い事じゃない! とは思いつつ、あんまり楽しそうに笑うから、俺もつられて笑ってしまう。思ったより怖いやつじゃない、かも?


「お主、キリスと言ったか?」

笑い声が止んで少ししてから、少女はそう問いかけてきた。

今さら違うとも言えず、俺は頷く。


「キリス、お主はここに何をしに来た? どうやって来たんじゃ?」


少女は不思議そうに俺を見つめる。

俺は花畑に大の字になり、寝転がった。洞窟の天井をじっと見つめながら、俺は口を開く。


「どうやって来たかは、俺にもわからん。気が付いたらここにいたんだよ。何をしにきたかは聞かないでくれ。……悲しくなるから。何か想像と違うなぁ。異世界に来たら、もっと色々出来ると思ってたのに。元の世界にいた頃と何も変わらない」


俺は、自分自身にがっかりしていた。

異世界に来たら何かが変わると思っていたのに、何も変わってない。

もっと自分の知識を使って、困難を潜り抜けていけると思っていたのに。現実はただただ震えながら、ひきつった笑顔を浮かべていただけだった。これでは、元の世界にいた時の自分と変わらない。


出会ったばかりの少女に話すことではないかもしれないが、なんだか話しやすくて、つい愚痴ってしまった。

少女は時折相槌を打ちながら、俺の話を聞いてくれていた。


「そっちは?」

「ユアンじゃ」

「ユアンは何でここにいるんだよ?」


俺は身体を起こし、ユアンに質問した。

すると、今度はユアンの方が先ほどの俺のように大の字になって寝転がる。天井を見つめながら、ユアンは静かに話し始めた。


「1000年ぐらい前じゃったかのぉ。ある英雄と賢者、それから勇者によって、儂はここに封印されてしまったんじゃ」

「何で封印されたんだよ?」

「ちと、世界でも滅ぼそうかと思ってのぉ~」


ユアンは、重大なことを軽いノリでさらっと言ってのけた。


「は? お前、悪いやつじゃん。最低だな」


いいやつかと思ったのに、世界を滅ぼそうとしてたなんて。悪役じゃん。

ユアンは俺の顔をチラリと見て、ふふふと笑う。


「そこまでストレートに言われると笑ってしまうのぉ。じゃが、当時の儂は若かったのじゃ。地上で最強と噂されていた破壊竜を倒し、王国の英雄と竜族の姫との間に生まれた、同種族最強と呼ばれていた聖竜にも勝ち、思い上がっていたんじゃろうな」


竜と人間で、子供ができるのか?

話の本題ではないことが気になってしまったが、俺は口を挟まずにユアンの話を聞く。


「自分の力がどの程度まで通用するのか、挑戦してみたくてのぉ。掟、掟と口うるさかった竜の里の長老をボコボコにして里から飛び出したんじゃ。それから世界中に喧嘩を売っているうちに、いつの間にか世界を滅ぼそうとしとったのう」


おいおい。強いやつに喧嘩を売り続けるなんて、少年漫画みたいな展開だな。


「で、さすがに危険視されて、当時は世界最強と言われていた勇者一味と戦うことになったんじゃ。戦いの末に、ここに結界で封印されたというわけじゃよ」

「ほー、なるほど」


気の抜けた返事をしてから、俺はハッとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る