友達に・・・!!!

「ハーイ」


俺は引きつった笑顔を作り、震えながら片手を上げる。魔竜の瞳を見つめ、友人の様に挨拶をした。


【極!友達の作り方】を読んだとき、初対面での挨拶は必須と書いてあった。どんな相手であれ、挨拶は基本だ。挨拶をするときには、相手の目を見て話すことで信頼を得ることができるらしい。それから、【サバンナの歩み方】という本には、猛獣と遭遇した時には視線を逸らさない方がいいと書いてあった気がする。


だから、ここまでの対応は間違っていないはず。

問題は、ここからだ。次はどうする?

考えろ、俺。


「は、初めまして、俺は、松岡……」


挨拶の次は、名乗るのが基本だよな?

いや、待て待て、いきなり本名を教えるのはまずいか……?


「い、いやー、違ったかも。き、キリスって言います。よ、よろしく~、ははは……」


キリスってなんだよ!!! もっとカッコいい名前にしたら良かった。

そもそも、こんないかにもな日本人顔でキリスはないだろ。

やっぱり本名を名乗るべきだったか?


冷や汗を流しながら、俺は頭をフル回転させる。

そんなことをしているうちに、魔竜がゆっくりと立ち上がった。厳しい表情を浮かべ、明らかに俺を警戒している様子だ。


やばいやばい。挨拶が終わったら、どうするんだった……?

はぁ、はぁ、はぁ……っ。ああ、くそっ、全然思い出せない。

たしか、次は、……。つかみがいい話で話題を広げて、相手に興味を持ってもらおう、だったかな。

つかみがいい話、つかみがいい話……。出てこい! 面白い話、相手の心を掴めるような話……!


「きょ、今日はいい天気ですね」


考えに考え、無理矢理絞り出した話題がこれだった。


ああ~もう、何がいい天気ですね、だよ! ここ、洞窟なんだよなぁ! くそくそ、大体なぁ、つかみがいい話ってなんだよ!!! そこを書けよ! オタクの俺が、面白い話なんて出来るわけないだろ! 人間相手でさえ気の利いた会話なんて出来ないのに、竜に興味を持ってもらえるような話なんて出来るわけない。そこまで俺のトークスキルは高くないんだよ!


本を書いた人に対し、俺は心の中で不満をぶつける。


「お主、何者じゃ? どこから来た?」


魔竜は俺を見下ろしながら、ふいに質問してきた。

俺を見つめている緑色の瞳からは感情が読み取りにくく、何を考えているか分からない。


何者かって? どう答えたらいいんだ?

人間、とか? ……違うか。それは見たら分かるよな。


「べ、別の世界から来たと思います。たぶん。分かりませんが」


答えあぐねた末、結局俺はありのままの現状を伝えることにした。

自分でもよく分かってないんだから、こう答えるしかないよな?


「別の世界からのぉ~。ふむぅ……、にわかには信じられぬな」


竜は首をひねり、疑いの眼差しを俺に向ける。

やべっ、疑われてるぞ。どうする、どうする……!


「しかし、身なりも見たことのない服装じゃし、先ほど一人でぶつぶつ言っていたこともよくわからなんだ。別世界から来たというのも、案外本当かもしれぬな。1000年もの間誰も入ってきたことのないこの結界の中に、王国の魔導士でもないそなたが入ってきたのじゃから。ここには、強い結界が張られているのじゃが。よもや、そなたは王国の魔導士ではあるまいな? まぁ、今更あやつらがわしをどうこうしようとは思わんじゃろうから、違うか」


俺が考えている間にも、竜は言葉を重ね続ける。


な、なんて? 王国? 魔導士?

全然ついていけないんだけど?


話すの、早いって! もっとゆっくり話してよ!

あ〜覚えられない! ログが欲しい! 読み返したい!

小説やアニメの主人公は、よくこのハイスピード展開についていけるな。


凡人オタクの俺には無理だ。もう限界。

これまで本やゲームで得た知識を全く活かすことが出来ていない。

そもそも相手の話が理解出来ないんだから、知識を活かす以前の問題だ。


俺の眼前に立っている巨大な魔竜に探るような目つきで睨まれ、緊張で体が震える。思考も止まり、ただただ最悪の結果を待つだけの棒人間となっていた。


目眩がする……。


「ちと動くなよ」


魔竜が少し前かがみになり、その恐ろしい顔を俺に近づけてきたのはその時だった。

竜の大きな口が近づいて来た瞬間、俺は意識を失ってしまった。

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