異世界だぁ~!!!!!!
「えっくしゅん!」
大きなくしゃみをすると同時に、俺は目を覚ました。目の前には、花びらが舞っている。
ここは、どこだ? さっきまで自分の部屋にいたはずなのに。
ゆっくりと身体を起こし、立ち上がった。すると、どうやら俺は洞窟のようなところにいると分かる。出口は見当たらないが、天井からベージュ色の砂がサラサラと流れている箇所が所々ある。
俺の足元には、白い花がたくさん咲いていた。それから、少し離れたところに透き通った綺麗な泉がある。
どこをどう見ても、俺の部屋には見えない。
「んん? アニメを見終えて、その後停電して……。それから、どうなった? あ~、もしかして、あの後俺は寝ちまったのかな? これは夢か」
ぶつぶつ言いながら、俺は自分の右手を握りしめてみる。
そうしたら、すぐに手を握りしめることが出来た。手の感覚もある。
次に身をかがめて足元の白い花をちぎり、手のひらで擦ってみた。花びらに触れている感触もはっきりある。
俺の経験上、夢の中では自分の意思で手を動かしたり、物に触れたりすることは出来ない。
ということは、だ。これは、夢じゃないってことか?
もしかしたら、小学生の頃からの願望が叶ったかもしれない。
思わず口元が緩んでしまう。
足元の花畑に視線を巡らせてから、天井から零れ落ちる砂を見つめる。神秘的な光景だ。
一粒ずつキラキラと光る砂を見つめながら、俺はここが異世界であることを確信した。
だって、ただの砂がこんなに神々しく輝いていることってあるか? いや、ない!
少なくとも、俺がいた世界ではなかったはずだ! たぶん!
「よし!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
嬉しさの余り、叫んでしまった。すると、洞窟中に俺の声が響き渡り、エコーがかかったようになる。
「何だよ! 案外簡単に行けるんじゃん!」
異世界転生系小説やアニメの主人公は、トラックにぶつかったり、何らかの事故に遭ったりしてから転生することが多い。とにかく、一回痛い思いをして死なないと、異世界には行けないイメージがある。
そもそも、死んだ人がみんな異世界に転生出来るわけがない。だから、試してみようなんて思ったこともなかったが、……。
「ふふふふふふふふふふ」
不気味な笑い声が俺の口から漏れる。
待て待て。ということは、まさか。
異世界に来たと確信した途端、異世界転生のセオリーを思い出す。
異世界転生の醍醐味といえば、まずは外見の変化だよな。外見が変わっていないこともあるにはあるが、五分五分の確率で主人公はイケメンか美少女になる。
逸る気持ちが抑えきれず、俺は小走りで泉に駆け寄る。
美少女も捨てがたいけど、出来ればイケメンが良い!
髪は、赤色か金髪。瞳の色は黄色か、紫かな。あ、オッドアイでも良いなぁ〜。
身長は高い方が良い。180〜190くらい、なんならもっと高くても良いな。
転生時に性別が変わってしまうのも、最近流行ってるみたいだ。ただ男がいきなり女になるというのは、実際どうなんだろうなぁ〜。
小説やアニメの主人公は案外あっさり受け入れているが、俺はどうだろうな……。
あれこれと妄想しながらも俺は泉の前に立ち、水面を覗き込む。
泉には水草もなく、小魚さえも泳いでいない。
そこに映っていた俺の顔は、いつも通りのものだった。
諦めきれずに顔を動かし、あちこち角度を変えて映してみたものの、やっぱり俺だ。何ひとつ変わっていない。
黒い目、黒い髪。
可もなく不可もない、どこにでもいそうな顔立ち。ごくごく普通な日本人顔の俺じゃん!
「何で変わってないんだよ! 変わるだろ、普通は! イケメンか美少女にさぁ! そりゃあ主人公の外見が変わってない異世界転生ものも見たことはあるけども! でもさぁ。いや〜いや〜、マジか……」
両手で頭を抱え込んだまま、独り言が止まらなくなってしまう。だってさぁ、外見が変わるのを楽しみにしてたのに。
しかも、しかもだ。大事なことに今気がついてしまった。
「美少女はどこ? 可愛いヒロインは? だいたい異世界転生の始まりは、美少女の膝の上からだろ! 宮殿とかに召喚されて、美少女達に囲まれて、お待ちしておりましたって囁かれながら、目を覚ますもんだろ」
異世界に来ることが出来た嬉しさで忘れていたが、思い描いていた理想の始まりではないことにガッカリしてしまう。
「あ~最初はこの洞窟も神秘的だと思ってたけど、なんだか地味な気がしてきた。姿も変わってないし! 美少女もいないし! も~リセマラしたい! やり直したい! 別の異世界に行きたい!」
不満ばかりが口をつき、俺の声が再び洞窟中に響き渡る。その時だった。
「煩いの~」
俺の背後から、のんびりとした声が聞こえた。
「ああん?」
イライラしたまま、俺は後ろを振り返る。
そこには、首を持ち上げて俺を見下ろす漆黒の竜がいた。
りゅ、竜? アニメや漫画ではよく見ていたが、実物の竜を見るのはもちろん生まれて初めてだ。というか、本当にいたんだな。
目の前にいる竜の身体は黒い鱗に覆われ、立派な二つの翼と角が付いている。爪は鋭く、首には銀の首輪、前足には枷のようなものがはめられている。
「あっ、あっ、あっ」
何度も見ていたはずの竜。
しかし実際に本物を見ると、予想以上に威圧感がある。情けなくも俺は震えが止まらなくなり、変な声まで勝手に出てしまう始末。
憧れていた異世界での最初の試練が、今、訪れている。俺はそう直感した。
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