第五話
美味しい唐揚げを作るために必要なものは何だろう。そんな事を日々考えながら過ごしているのだけれど、普通にお店で買ってきたものを俺が作ったことにして食べさせてみようとしてもすぐにバレてしまっていた。なぜバレてしまうのだろうと疑問に思っていたのだが、北村桃子は唐揚げを食べることが出来ないくせに色々な店の唐揚げを調べていて見た目だけではなく匂いの特徴まで完璧に覚えているのだ。そこまで行くとただの食わず嫌いなんじゃないかとも思えるのだが、本人は本当は食べたいのにどうしても体が受け付けないという事を強く主張しているのだ。
「例えばさ、俺がお店のレシピを丸パクリして作ったのも食べることが出来ないってわけ?」
「どうでしょうね。先輩が作ってくれたのだったら食べることが出来ると思いますけど、本当に先輩が作れるのかは疑問ですね」
「普段料理をやらないやつでもレシピ通りに作れば普通に出来そうだけどな。なんで他の人が作ったのはダメで俺が作ったやつだと食べることが出来るって思えるの?」
「どうしてって言われましても。先輩が私の目の前で同じものを食べてくれるんだったら大丈夫な気がしてます。先輩が食べてるところを見るのが好きってのもあると思うんですけど、先輩って本当に何でも美味しそうに食べてますからね。それを見てたら私も食べられるんじゃないかなって思えるんですよ」
「例えばさ、一緒にお店でフライドチキンを買って食べるのも無理なわけ?」
「お店で買ったのはあんまり食べたくないですね。何の問題も無いと思うんですけど、知らない人が作った鶏肉を使った料理って信用出来ないんです。みんなしっかりマニュアルを守ってくれれば大丈夫だってわかりますし、少しくらいマニュアルから外れた事をしても問題ないんだろうなってのはわかってるんですよ。でも、でも、私はどうしても一口目にたどり着くことが出来ないんです」
「それだったらさ、俺が作ったやつも変わらないんじゃないかな。俺は飲食店でバイトしたことも無いし料理だって自慢出来るほどうまくないんだよ。そんな奴が作った料理なんて信用出来るようなモノじゃないと思うけどな」
「でも、先輩が作ってくれるんだったら大丈夫だと思います。先輩が私のために何かしてくれる義理なんて無いと思いますけど」
「まあ、作る義理は無いかもしれないけどさ、北村が唐揚げを食べることが出来るようにならないと俺も北村の家で唐揚げが食べることが出来ないって事だもんな。ハンバーグも生姜焼きもあんなに美味しんだし、唐揚げもどれくらい美味しいのか気になってるからな。今度の休みの日にお店に行ってもいいか?」
「申し訳ないですけど、さすがにお店だと他のお客さんの目もあるので営業中は無理だと思いますよ。なので、お店じゃなくて私の家でやりましょうよ」
「それでもいいけどさ、普通の家の台所で作ったやつでも大丈夫なの?」
「それはわからないです。でも、先輩が私のために作ってくれるんだったら一口くらい食べてみてもいいかもしれないですね」
俺はそれから約束の日までの間、様々な唐揚げのレシピを漁っていた。どれもこれも写真を見るだけでも美味しそうだなと感じるものばかりなのだが、その味を一つ一つ確かめることなんて出来ないのだ。食材を買うお金なんて持ってないし、台所に立とうとしても揚げ物なんてさせてもらえないのだ。
俺が唐揚げの事ばかり調べていることを知った母親は北村の家の食堂に唐揚げが無いから俺が食べたくなってるんだと思って晩御飯は唐揚げ尽くしになっている日々が続いてしまった。別に唐揚げが嫌いじゃないし同じものが続いても不満なんて無いのだけれど、毎日毎日唐揚げを作っているところを見ている俺の事をますます勘違いした母親はそれから一か月以上も唐揚げを作り続ける日々が続いてしまっていた。
そんな生活が続いたためなのか、俺達家族が北村の食堂にご飯を食べに行った時は肉料理ではなく魚や野菜メインの料理を頼むようになってしまっていた。俺もいつもと違って鍋焼きうどんを頼んだので常連客にも驚かれてしまっていたのだ。中には、この店のハンバーグや生姜焼きに飽きたからだという人もいたり、以前に比べて味が劣化したから他のモノを頼んでいるのだという噂をする者もいたようだった。
ただ、俺が毎日唐揚げばかり食べて肉はもう見たくないというだけの話なので、北村の食堂の料理が悪いという事は一切ないのだ。その事を伝える手段がないのでそう思われてしまっているようなのだが、悪いのは俺だけであって、北村の食堂も唐揚げを作ってくれている俺の母親も何も悪いことなんてないのだ。
「先輩がハンバーグでも生姜焼きでもないってのは珍しいですね。鍋焼きうどんを食べるなんて風邪でもひいてるんですか?」
「そう言うわけじゃないんだ。ちょっと今は肉を食べたい気分じゃないってだけなんだよ」
「珍しいですね。先輩って肉しか食べない人かと思ってましたよ」
「そんな事も無いよ。野菜だって魚だって食べるから。ただ、ハンバーグと生姜焼きが好きだってだけだし」
「この鍋焼きうどんは凄く熱いんで気を付けて食べてくださいね。あと、日曜日は一緒に買い物に行きましょうね」
俺の親の前でそんなことを言うなよと思ったのだが、時すでに遅しでそれを聞いた俺の両親は何かニヤニヤとしているように見えた。
俺は鍋焼きうどんの湯気で視界が少しだけぼやけているように感じたのだけれど、本当は親がいる時にそんな風に誘われたことに対する気恥ずかしさだったのかもしれないな。
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