第四話

「このたまごサンドなんですけど、見てわかる通りたまご焼きを挟んでみました。コレはコレで美味しいんですよ。先輩ってこのタイプのたまごサンドって食べたことあります?」

「いや、こんな感じなのは食べた事ないかも」

「出来立てのも美味しいんですけど、こうしてちょっと冷めてるのも味がまとまってて美味しいんですよ。先輩って甘いたまご焼きと出汁がきてるたまご焼きだったらどっちが好きですか?」

「どっちかって言うと甘い方がよく食べるかも。あんまりこだわりとかないけどね」

「それならこのサンドイッチは大丈夫ですね。ちょっと甘さ控えめですけど美味しいと思うんで食べてくださいよ」

 北村桃子の作る料理は唐揚げ以外は普通に美味しいので心配はしていないのだけれど、何となく少しだけ警戒している俺がいるのだ。

「どうですか。美味しいですか。美味しくないですか」

 北村桃子は心配そうに俺を見ているのだが、正直に言ってしまうとこのサンドイッチはかなり美味しい。いつものたまごサンドよりもたまご焼きを挟んでいる方が俺は好きかもしれない。その事を伝えると、北村桃子は嬉しそうな顔をしつつもどこかほっとしたような感じを見せていた。

「この前唐揚げで失敗しちゃったから心配だったんですよ。あの時みたいに失敗してないといいなって思いつつも、見た目はそんなに悪くないと思ったんで安心してたんですけどね。でも、実際に先輩に食べてもらうまでは本当に大丈夫か不安だったんです。私が大丈夫でも先輩には美味しくないって感じるかもしれないなとか思ってたし、普通にお店で打ってるようなたまごサンドの方が好きだって言われたらどうしようかなとかも考えてたんですよ。でも、先輩が私の作ったたまごサンドも美味しいって言ってくれて嬉しいです。他にも色々とオカズもあるんでたくさん食べちゃってくださいね」

 俺と北村桃子は楽しく会話を弾ませながら残りのお弁当も美味しくいただいた。本当に唐揚げ以外は何でも美味しく作ることが出来るんだと感心していたのだけれど、北村桃子としては唐揚げも美味しく作りたいというのが本音のようであった。

「お父さんもお母さんもなぜか私に遠慮して唐揚げは作ってくれないんですよね。定食屋なのに唐揚げが無いのかって良く言われるんですけど、私が昔を思い出しちゃうからってメニューからも削除しちゃったんですよ。その事が凄く申し訳ないと思うんですけど、私としてはどうしても昔の事を思い出しちゃってダメなんですよ。お店で打ってる唐揚げを見ても美味しそうだなとは思うんですけど、もしあれを食べてまたお腹を壊したったらどうしようって考えると、どうしても食べたいって気持ちにはならないんですよね。それで、先輩にお願いがあるんですけど、聞いてもらってもいいですか?」

「お願いってどんな事かな?」

「今度、私のために唐揚げを作ってください。出来れば、目の前で作ってもらいたいんですけど、ダメですか?」

「ダメも何も、俺は今まで唐揚げなんて作ったことが無いんだけど。作り方は何となく知ってはいるんだけどさ、実際に作った経験がないからどうなるかわからないし」

「それなら大丈夫だと思います。私のお父さんが作り方を教えてくれると思いますので。それなら失敗もしないと思うんですよ」

「それってさ、北村のお父さんに作ってもらったのを食べた方が良いんじゃない?」

「そうしたい気持ちはあるんですけど、お父さんが作った唐揚げも食べることは出来なかったんです。もちろん、お母さんが作ったのも食べることは出来ませんでした。おばあちゃんが作ってくれたのも食べることが出来なかったし。でも、先輩が作ってくれた唐揚げは食べることが出来るような気がしているんですよ。なんでなのかはわかりませんが、先輩が作ってくれた唐揚げはきっと大丈夫だって信じてます」

「どうしてそうまで信じてくれるのかはわからないけど、美味しく作れるかはわからないよ。それでもいいんだったら作ってもいいけどさ、北村のお父さんは俺が作ってもいいって言ってるの?」

「良いって言ってくれてますよ。もしも、私が先輩の作ってくれた唐揚げを食べることが出来て過去を払しょくすることが出来たら、お父さんもお母さんも喜んでくれると思います。今まで見ることも食べることも出来なかった唐揚げをお店で出すことも出来るようになると思うし、ダメなことなんて何も無いと思うんです。だから、先輩さえよければ私のために唐揚げを作ってください」

「うん、予定が空いてる日だったらいいよ。北村には色々と助けてもらってるし、最近も美味しいご飯たくさん食べさせてもらってるからね。俺が役に立てるって言うんだったら喜んで協力するよ」

「ありがとうございます。唐揚げを作ってくれたらお礼に私が先輩のお願いを何でも叶えてあげますよ」

 何でも叶えてくれると言われても、そんなにすぐには思いつかないんだよな。変なことなら思いつくのだけれど、そんな事を言って軽蔑されてしまうのは避けたい。仮にそれを言ってしてくれることになったとしても、二人とも後で後悔してしまうように思えてならないのだ。お互いに楽しく出来るようなことがあればいいのだけれど、今の俺にはそんな事は何も思いつくことが無かったのだ。

「別に俺の願いを叶えてくれなくても大丈夫だよ。北村のために何かしてあげたいって気持ちが俺にはあるから気にするなって」

「ありがとうございます。先輩って本当に優しいですよね。もしも、エッチなことを言われたらどしようかなって思ってたんですよ。さすがにそんなことは無いと思ってたんですけど、やっぱり先輩を信じてよかったです」

 全くそういう事を考えていなかったわけではないのだけれど、北村桃子の信用を失うようなことを言わなくて良かったと思った。もう少しタイミングがズレていたら言っていたかもしれないのだけれど、たぶん俺の性格的にそんな事は付き合っていたとしても言うことが出来なかったとは思う。

 仮に付き合っていたとしてもそういう事は言い出せないと思うのであった。

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