第三話
文化祭が終わってすぐの頃は一生忘れることのない素敵な思い出が出来たと思っていたのだけれど、ほんの数週間も経てばほぼほぼ覚えていないというような状況になっていたのだった。
「先輩って結局打ち上げの時も泣かなかったですよね。他の三年の先輩とかは結構泣いてる人もいたって言うのに、先輩ってそういうの全く無かったですよね。もしかして、先輩ってどこかに感情捨ててきたタイプの人だったりするんですか?」
「別に感情は捨ててきてないけど。泣きたくなるほどの思い出はなかったってだけの話じゃないかな」
「それって、私と先輩の間には何の思い出も無いって事ですか?」
「逆に聞くけど、何か二人で思い出に残るような事ってしたっけ?」
「何もしてないですよ。先輩は実行委員長だったから私だけに肩入れするってことは無かったです。でも、来年は先輩と一緒に何か特別な思い出とかつくれたら嬉しいです」
「ちょっと待ってもらっていいかな。来年はもう俺いないんだけど。卒業してるのに思い出を作るとかさ、無理だと思うんだよね。ウチの学校の文化祭って在校生しか参加できないじゃない」
「じゃあ、卒業してもまたうちの高校に入り直したらいいんじゃないですかね。先輩ってそういうのあんまり気にしなそうだし、どうですか?」
「どうですかじゃないでしょ。そもそも、卒業した高校にまた入学するとか無理だと思うし。受験する事すら出来ないでしょ」
「まあ、普通に考えたらそうでしょうね。でも、先輩なら何とかしてくれそうな気がしてます。きっと先輩なら私のために何かしてくれるって予感はありますから」
「いや、そんなのないと思うって。で、今日はいったい何が目的で俺を呼んだのかな?」
北村桃子は連絡先を交換したこともあって俺を気軽に呼びだすのだが、その内容は本当にどうでもいいような事ばかりなのだ。俺の家の近くにある本屋に行きたいけど道がわからないから案内して欲しいとか、串団子を作ってみたから食べて欲しいとかそう言ったことで呼び出されることが多い。
唐揚げの件で北村桃子が作るものを食べるのが少し怖くなっていたのだけれど、唐揚げ以外は本当に何を食べても美味しいのだ。唐揚げだけが上手に作れないようなのだが、それは北村桃子が過去に抱えているトラウマが原因なので俺にはどうすることも出来ないのだ。
北村桃子は中学生の時に家族旅行で行った九州のある店で鳥刺しを食べた次の日に猛烈にお腹を下してしまい、ホテルから外に出ることが出来なくなってしまったことがあったそうだ。本人的には鶏肉を生で食べた事で食中毒になったと思っていたそうなのだが、ご両親の話をよくよく聞いてみると、ホテルの朝食バイキングでご飯ではなく大量のフルーツとかき氷とアイスを食べていたのが直接の原因だと思われるとのことだ。アイスだけでも四回はおかわりをしていたという事だし、かき氷にいたっては一人一個持って帰っても良いと言われていたのを家族分全部持ち帰って食べてしまったそうなのだ。そこまで食べるとどんなに健康的な人でもお腹を下すのも当然と思えるのだが、北村桃子的には楽しくて幸せなことが原因だと思いたくないようであり、前日に食べた鳥刺しが原因なのだと思い込んでいるそうなのだ。
ちなみに、昼過ぎに少しだけ体調が戻った北村桃子はホテルの近くにある病院で検査をしてもらったのだが、結果としては食中毒ではないという事だけは断言されたのだ。だが、その事も北村桃子は覚えていないそうだ。
その日から北村桃子はどんな調理方法であっても鶏肉だけは必要以上に火を通すという習慣が身に付いてしまったとのことだ。
家族で外食をする時も鶏肉を使っている料理は頼むことはなく、フライドチキンや唐揚げなんかも食べることは無くなってしまったと聞いている。
それが原因で炭のようになるまで揚げた唐揚げを食べさせられたのだ。なぜ下味をつけていないのかという疑問もあるのだが、それはあまり生の鶏肉に触れたくないからという何とも身勝手な理由から来ていたそうだ。
最近はそのトラウマを克服しようと頑張ってはいるようなのだが、ついに家族からも試食を拒否されるようになってしまい、俺も一度味わっただけでもう二度とごめんだという気持ちではあるのだけれど、とても嫌な予感がする呼び出し方で見覚えのあるバスケットを手にしている北村桃子の笑顔はまるで闇へいざなう悪魔のようにも見えていたのだった。
「今日はいい天気になるって昨日の天気用法で行ってたんで信じてたんですけど、本当にいい天気すぎて驚いてしまいました。これって完全にピクニック日和ですよね」
ピクニックという言葉に反応してしまったのだが、北村桃子の持っているバスケットの中身がお弁当ではなくお菓子であることに望みを託したのだ。先々週くらいにもらったマフィンがとても美味しかったので洋菓子でも入っているのかなと思っていたのに、北村桃子は俺の希望を打ち砕くような一言を発してしまったのだ。
「あそこのベンチに座ってお弁当を食べましょうよ。今日はちょっと気合入れて作ったんで期待してくださいね」
「そんなに気合とか入れなくても大丈夫だと思うよ。北村の作る料理は大体美味しいから」
「大体って何ですか。そういう時は何を作っても美味しいよ。って言ってくれた方が女の子は喜ぶんですからね。先輩ってそういうところは女子的にはちょっと物足りないかなって思いますよ」
「でも、この前作ってくれたハンバーグは焼き加減もちょうど良かったよ」
「そう言ってくれて嬉しいです。先輩って生姜焼きかハンバーグしか食べてくれないじゃないですか。そこで、私はお父さんにお願いしてハンバーグをちゃんと作れるように教えてもらったんですよ。でも、今はまだ家族と先輩にしか作ってないんですよね。常連さんの中でハンバーグを食べるのって先輩だけですから、ちょっとそこは悲しいかもです」
そう言いながらも俺と北村の間に空いているスペースに置いてあるバスケットの蓋を開ける北村であったが、その中身はサンドイッチとウインナーが美味しそうに光り輝いていた。
唐揚げが無ければ何を食べても美味しいというのは分かっている。北村桃子は唐揚げ以外はちゃんとしたものを作ることが出来るという事を俺は知っているのだ。
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