第六話
いつもより静かな日曜日は俺以外の家族が前日から全員出かけているからなのだ。
俺も一緒について行こうと思っていたのだけれど、北村との約束を聞いていた俺の両親は何事も無かったかのように俺を置いて出かけて行ったのだ
約束の時間まではまだしばらくあるという事もあるが、世の中何が起こるかわからないという事もあるので準備だけは早めに済ませておこうと思う。買い物をして料理を作るだけの話なのだが、何となくその事を考えると少しずつ緊張してきているような気がしていたのだ。
約束の時間まではまだ早いのだけれど、家に一人でいても落ち着かないという事もあってあれは待ち合わせ場所のスーパーの近くまで向かうことにした。こんな晴れた休日は誰か知り合いにでもあってしまうんじゃないかと思ったりもしたのだけれど、幸いなことに俺は誰にも会う事も無く無事に目的地までたどり着くことが出来たのだ。
こんなに早く来る必要なんてなかったんだろうとは思うのだけれど、家にいてもやることが無いので少しくらい一人で待つ時間があってもいいんではないかと思っていた。
「あれ、先輩早いですね。約束の時間までまだ三十分くらいあると思うんですけど」
「そう言う北村も随分と早いじゃないか。こんなに早く来てどうするんだよ」
「それはこっちのセリフですって。でも、なんで先輩もこんなに早く来てるんですか?」
「なんでって言われてもな。家にいてもやる事なんて無いし、遅れるくらいだったら早く言って待ってた方が良いかなって思っただけだよ」
「へえ、そうなんですね。私も大体同じ理由ですよ。でも、こんなに早く来るのは意外でした。先輩って割と時間ギリギリに集合するタイプだって思ってたし、今日だってそれなりに待つんだろうなって思って新しい漫画を買ってしまいましたよ」
北村はそう言いながらスマホの画面を俺に見せてきた。そこには漫画アプリが表示されていて、俺が呼んだことのないような少女漫画がずらっと並んでいたのだ。
「北村ってそう言う漫画が好きなんだ。ちょっと意外だな。もっと血が出るやつとか好きなのかと思ってたよ」
「それってどういう意味ですかね。あんまりいい意味じゃないと思うんですけど、ちょっと問い詰めて見てもいいですか?」
「問い詰められたって理由なんて答えないよ。適当に思い付きで言っただけだし」
「ちょっと、それも失礼だと思いますよ。じゃあ、約束の時間よりも少し早いですけど買い物しちゃいますか。唐揚げの他にも何か作りたいものがあったら言ってくださいね。お父さんもお母さんも先輩が食べたいものがあったら何でも買ってきていいって言ってくれましたからね。お店で普段出してない中華とかでも作るって言ってましたよ」
「何それ、ちょっと中華食べたくなっちゃうかも。でも、中華だったらそこにあるお店でもいいんだよな。あんまり手間とかかけてもらうのも悪い気がするし」
「そんなの気にしなくていいんですよ。お父さんもお母さんも先輩が美味しそうに食べてくれる姿を見るのが好きだって言ってますし、たまにはお店で出してない料理を作るのも楽しいんじゃないですかね。先輩が食べたくないって言うんだったら話は別ですけどね」
「食べたくないわけじゃないんだけどな。でもさ、それだったら北村が食べたい料理とかでもいいんじゃないかな。北村だって何食べたいものくらいあるでしょ?」
「どうですかね。私が食べたいものって大体作ってもらってますからね。先輩も知ってると思いますけど、お父さんが作る料理ってなんでも美味しいんですよ。中華だって玉に作ってくれてますし、洋食だって和食だってなんだって出来ますからね」
「でもな、今食べたいものって特にないんだよな。北村は本当に食べたいものとかないのか?」
「まあ、あるにはあるんですけど、それを食べちゃうと先輩の作る唐揚げが入らなくなっちゃうと思うんですよね。私の家ってあんまりこういうところに買い物に来ないんでファストフードとかほとんど食べた事ないんですよ。たまにお友達と学校帰りに行くことはあるんですけど、家族で行ったことって何回かしか行った事ないんです。お父さんもお母さんも別に嫌いじゃないと思うんですけど、進んで食べようって思うことは無いみたいなんですよ。なので、ハンバーガーとポテトを食べたいなって思ってます。先輩はそう言うのって食べなれてそうですよね」
「そんなことは無いと思うよ。俺も北村と同じくらいしか食べた事ないと思うな。好きとか嫌いとかじゃなくて、食べる機会が単純に少ないんだよ。友達と食べに行くんだったら牛丼とかラーメンになっちゃうし、意外とハンバーガーって食べる機会ないんだよな。よし、北村が食べたいって言うんだったらハンバーガーを先に食べちゃうか。先に食べちゃえば唐揚げが出来たころには少しくらいお腹空いてるかもしれないしな」
「ありがとうございます。それと、パフェとかパンケーキも食べてみたいんですよね。ほら、うちで出してるデザートってプリンかフルーツになっちゃうじゃないですか。生クリームとかたくさん乗ったやつも食べてみたいんですよね」
「いや、さすがにそんなのまで食べたら唐揚げは無理でしょ。今日は諦めてまた別の機会にすればいいと思うよ」
「へえ、じゃあ、また別の機会に私とここに来てくれるって事でいいんですか?」
「まあ、別にいいんじゃない。いつになるかわからないけど、時間が合えばいつだっていいし」
「約束ですよ。嘘ついたら怒りますからね」
頬を膨らませて怒った顔をしている北村ではあったけど、すぐにその頬に溜まった空気を吹き出すといつもの笑顔に戻っていた。
「あ、でも、私に彼氏さんが出来たらどうしましょう。三人で来ちゃいますか?」
「さすがにその時は遠慮するよ。俺も気まずいし」
「ですよね。私に彼氏なんて出来ないと思いますけどね」
北村はまっすぐな目で俺を見つめてきていたけれど、なぜか俺はその視線を避けるように目をそらしてしまっていた。そんな俺を見て北村はさらに視線を合わせようと俺のすぐ隣に立っているのだが、相変わらず俺は北村の目を見ることが出来なかったのだった。
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