第四話

 平野さんの友達の静香さんがどんな人なのかは話でしか聞いたことが無い。背が高くてスラっとしているという情報と美容系の学校に通っているという事しか知らないのだが、ゲームコーナーにはそれっぽい女性は見当たらなかった。

 どこにいるのだろうと思って店内の様子もうかがっていたところ、俺と同じくらいの身長で細身のイケメンが俺達に向かって手を振ってきた。たぶん、姉さんの友達の一人なのだとは思うのだけれど、あんなに格好いい人が話しかけてきたら平野さんも少しは気になってしまうかもしれない。

「ねえ、あのイケメンってあんたの友達?」

「いや、違うけど。姉さんの友達じゃないの?」

「あんなイケメンの知り合いなんていないわよ。じゃあ、誰に向かって手を振ってるのかしら?」

 二人して後ろを確認してみたのだが、俺達の他に誰もいなかった。それなのに、あのイケメンは爽やかな笑顔を浮かべながら俺達の方へ向かって手を振っていたのだ。

「すいません。あの子が静香ちゃんなんです」

「え、でも、女友達って言ってなかった?」

「見た目は凄く男の子っぽいけど、静香ちゃんは見も心も女の子なんですよ。恋愛対象もちゃんと男性ですから」

「そうなんだ。私が今まで見てきたイケメンの中でも断トツイケメンだわ。でも、言われてみたら着てるものも身に付けてる小物も可愛らしい感じなのね。ちょっと予想外過ぎて驚いちゃった」

 姉さんが驚いた以上に俺は驚いていたと思う。俺が今まで見てきた多くのイケメンたちと比べても静香さんはひときわ目立つ存在で間違いない。

「えっと、未来ちゃんの先輩の吉野君だよね。それと、こちらの女性は?」

「吉野君のお姉さんの幸子さんだよ。静香ちゃんがここで待ってるって言ったら送ってくれることになったんだよ」

「そうだったんだ。未来ちゃんをここまで送ってくれてありがとうございます。それにしても、幸子さんって凄く綺麗な肌ですよね。どんなスキンケアをしてるんですか?」

「え、別に変ったことはしてないと思いますけど」

「そうなんですか。でも、ちゃんとしている人ってそれが普通だと思ってるから一般的な人に比べたら手間をかけてるって事もあるんですよね。ちょっと失礼しますよ」

 静香さんは姉さんの顎に自分の人差し指と親指を当てて姉さんの顔をいろんな角度から見ていたのだ。時々何か悩んでいるようなそぶりも見せてくれていた。何をそんなに悩んでいるのだろうと思って見ていたのだが、姉さんと静香さんの顔の距離がどんどん近付いていくと、二人はこのままキスでもしちゃうんじゃないかと思えて不安になっていった。

 姉さんもまんざらではないような様子なのだが、さすがにそんな事をするはずもなく少しだけ顔を横へ向けていた。

「すいません。未来ちゃんよりも肌が綺麗だったんでついつい見とれてしまいました。もしよろしければ、今度お姉さんにメイクして撮影してもいいですか?」

「え、それってどういうことですか。ちょっと意味が分からないんですけど」

「いきなりすいません。課題の提出とかじゃなくて個人的にお姉さんを今よりももっと綺麗にして残したいなって思っただけですので。こんなに綺麗なんだから自分がもっと美しくして残したいって思ったんですよ」

「それって、誰にも見せたりしないって事でいいんですか?」

「見せたりしないって事はないと思いますけど、大々的に発表するとかネットに載せるとかはしないです。自分もその辺はわきまえてますので」

「まあ、それくらいだったらいいですけど」

「よかった。お姉さんみたいに綺麗な人ってなかなかいないから嬉しいです。そうだ、今度時間がある時にでも家に来てくださいよ。メイク道具もたくさんあるし他にも色々と取り揃えてますから」

 姉さんと静香さんは互いの連絡先を交換してこれから俺の知らないところで親交を深めていくのだろう。中性的にも見える静香さんではあったが、姉さんと話をしている時の姿は中学で見た恋する女子のようでもあった。

「静香ちゃんは綺麗な人を見るとこうなっちゃうんだよね。今までも何度か部屋に女性を連れてきた事もあるんだけど、全然妥協しないで色々試しちゃうから時間もかかってさ、みんな耐えられなくなって離れちゃうんだよね。でも、静香ちゃんの言う通りで吉野君のお姉さんって凄く綺麗だよね」

「そうなんですかね。俺には姉ちゃんが綺麗とかよくわからないですけど」

「姉弟だとそういうものかもしれないよね」

 二人のやり取りを見守りながらも俺は平野さんと他愛のない話をしていた。二人が仲良くなることに対して俺は何とも思わないのだが、初対面であれだけ仲良くなれる二人を見ていると少しだけ羨ましくなってしまっていた。


「じゃあ、次からは家じゃなくて二人の家に行って勉強会をすることになったから」

「どういう事?」

 二人と別れた帰り道に突然そう言われた俺は驚きを隠すことが出来なかった。

「だって、家で勉強していたらお母さんが平野さんに話しかけてばっかりで勉強の時間が無くなるでしょ。それに、遅くなると今日みたいに迎えに来てもらう必要もあるわけだし。綾斗が夜に外を歩く方が危ないことも起きないと思うんだよね。それと、その時は私もついて行くからね」

「平野さん達がそれでいいって言うんだったら俺はいいんだけど」

「じゃあ決まりね。あんたは予定もないでしょうし、日程は私達が決めておくことにするから。それで文句は無いでしょ?」

「文句はないけどさ、もしかして、姉ちゃんは静香さんの事が好きになったとかないよね?」

「何言ってんのよ。そんなわけないでしょ。あんただって平野さんの事が好きってわけでもないでしょ?」

「別にそんなんじゃないけど」

 俺の答えを聞いた姉ちゃんはその後も俺と平野さんの事を色々と探るように話を振ってきたのだ。時々静香さんの事を聞いてくることもあったのだけれど、俺は静香さんの事は何も知らないのでその質問には答えることは出来なかったのであった。

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