第三話

 四人でケーキを食べているのだが、今日はこのまま勉強なんてしないで終わってしまうんだろうなと思うくらいに母さんが話をしていた。俺も姉さんもそれを止めることが出来ず、平野さんもケーキを全く食べることが出来ないくらい話に付き合っていたのである。

「ねえ、お母さんが話しかけてばっかりだから平野さんが全然ケーキ食べること出来ないじゃない。平野さんはお母さんと話すために家に来たんじゃないんだよ。綾斗の勉強を見てくれるために来たって言うのにさ、このままだったら勉強をしないで帰ることになっちゃうんじゃない」

「あらあら、ごめんなさいね。綾斗が誰かを連れてくるのって久しぶりだったからつい嬉しくなっていっぱいお話しちゃった。遠慮しないで食べていいからね」

「はい、このケーキ美味しいですね」

 姉さんが止めてくれたのでこの辺で母さんの無駄話も終わるんだろうなと思ったのだけれど、平野さんがケーキを食べ終えたのはそれから三十分くらい経ってからになってしまったのだ。これは平野さんが食べるのに時間がかかるからというのが理由なのではなく、母さんがまた無駄な事で話しかけてしまってそれに答えるたびに手を止めてしまっていたからなのだ。

「ほら、お母さんが話しかけるからこんな時間になっちゃったじゃない。これだったら平野さんが帰るの遅くなっちゃうでしょ」

「あら、もうこんな時間だったのね。ごめんなさいね」

「平野さんはお母さんの友達じゃないんだからね。綾斗のために来てくれてるって事をちゃんと覚えてないとダメだよ。次に勉強を教えてくれる機会があってもお母さんの話に付き合わなくていいからね。時間の無駄でしかないんだから」

「ちょっとその言い方は良くないと思うな。お母さんだって悪気があって話しかけてたわけじゃないんだからね」

「悪気が無いって方が良くないでしょ。ほら、もう綾斗も平野さんを連れて行って勉強してきなさい。何時までなのかわからないけどしっかり勉強教えてもらいなさいよ」

 まだ話足りなそうな母さんを無視して姉さんが俺達をリビングから追い出したのだ。俺の部屋に行く途中で平野さんに謝ったのだけれど、平野さんはそんなに気にする事じゃないと言ってくれた。


 正直に言えば、今から受験勉強なんてする必要はないと思うのだ。平野さんが教えてくれるというのは嬉しい事なのだけれど、こんなに早くから勉強をしてしまうと今覚えた事を忘れてしまいそうだなとも思っている。完全に忘れることなんてないと思うので全く無駄なことは無いと思うけれど、今からやる理由が俺にはいまいちピンときていなかったのである。

 教科書と参考書を開いてわからないところがあれば平野さんに聞くという感じで勉強をしているのだけれど、俺のわからないところや自信のない場所というものがそんなに多くないので平野さんに教えてもらうという事がなかなか出来ずにいた。

「吉野君って頭良いんだね。理解力が優れているって事なのかな?」

「そうでもないと思いますよ。今やってるところって学校で習ったばかりのところなんで忘れてなかったってだけだと思いますし。これが本番だったら忘れてそうだなって思いながら覚えることにしてました」

「今からやってたら忘れちゃいそうだってのは分かるかも。私も正直に言うと冬になるまで遊んでたからね。難関大学とか受けるんだったら話は別だと思うけど、うちの大学に入るのにそこまで必死に勉強やる必要もないのかなってのは思うんだよね」

「そうですよね。でも、やらないよりやっといた方がいいかなとは思うんですよ。なので、今日みたいな機会があるのは俺としても嬉しいことです」

「そう言ってくれるなら嬉しいよ。じゃあ、ここからは吉野君のために私が問題を作ってあげるね。受験の事はあまり覚えてないけど、それっぽい問題を作ってあげるよ。そんなわけで、ちょっとパソコン借りてもいい?」

「あ、すいません。俺パソコンもってないんですよ。使う時は姉ちゃんに借りてるんですけど、ちょっと借りれるか聞いてきますね」

「そうだったんだ。無理に借りてこなくても大丈夫だよ。次に来る時はノートパソコンもってくるからさ」

 そんなやり取りをしているとお茶を持ってきた姉さんがタイミングを合わせたかのようにやってきたのだ。俺は姉さんにパソコンの事を話してみたのだが、ちょっとだけ姉さんは渋い顔をしていた。いつもは気軽に貸してくれるパソコンではあるのだが、さすがに平野さんに貸すのは抵抗があるんだなと思っていた。

「貸すのはいいんだけどさ、いったい何時まで勉強するつもりなの?」

「何時までってのは特に決めてないけど。って、もう六時過ぎてたんだ。母さんの無駄話のせいでこんなに遅くなっちゃってたのか」

「あんたは別に気にしないかもしれないけどさ、平野さんは女性なんだから帰りの事とか気にしないとダメよ。一応あんたは男なんだから平野さんの事を家まで送ってあげなさいよ。あと、お母さんが晩御飯も食べていったらどうかって言ってるんだけど、そんなことしたら帰りがますます遅くなっちゃうよね」

「帰りの事だったら大丈夫ですよ。私の同居人が迎えに来てくれることになってますから。近くのスーパーにあるゲームセンターにいるって言ってるんです。そこまで送ってもらえたら嬉しいなって思うんですけど」

「平野さんの同居人って、もしかして彼氏とかですか?」

「残念ながら女友達なんです。ずっと仲良しの子で今は美容系の専門に通ってるんですよ。幸子さんの肌綺麗だから友達が見たらメイクしたいって言いだすかもしれないです」

「へえ、美容系なんだ。私そういうのあんまり詳しくないからちょっと興味あるかも。私も一緒について行ってもいいかな?」

「私は構わないですけど、吉野君……先輩はいいですか?」

 なぜ吉野君から先輩に言い直したのだろうという疑問はあるのだが、姉ちゃんも平野さんも俺の事を真っすぐに見つめてきているので断りにくい。そもそも断るつもりなんて微塵もないのだけれど、ここで即答出来ないところが俺のダメな部分なのかもしれないな。

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