第二話

「吉野君は学校が終わってからまっすぐここに来てるの?」

「そうですよ。家に帰ると間に合わないので真っすぐここに来てますね」

「大変だね。でも、授業が終わってからバイトが始まるまでは少し時間があるんじゃないの?」

「三十分くらい時間はありますね。でも、家に帰ってたら遅刻しちゃうんです」

「私も火曜日は時間ギリギリだから遅刻しそうな時ってあるんだよね。本当は休みにした方がいいと思うんだけどさ、吉野君の休みが月曜と水曜と木曜だから火曜日にバイトに入らないと週末しか会えなくなっちゃうからね」

「え、それってどういう意味ですか?」

「どういう意味なんだろうね」

 平野さんは俺の事が好きだって言ってるんだろうか。普通に考えるとそう思えるのだけど、平野さんは俺をよくからかってくるのでコレもそういう事のようにしか思えない。

「今日のバイトが終わったらさ、また一緒にゲームしようよ。吉野君はゲーム上手だから色々教えて欲しいんだよね」

「別にいいですけど、俺って一応受験生だからそんなに遅くまではダメですよ」

「わかってるって。ゲーム教えてくれたら私がお礼に勉強教えてあげるからね」

「平野さんって勉強教えること出来るんですか?」

「出来るよ。教科書見ないと思い出せないことがあるかもしれないけどさ、それでもいいんだったら教えてあげるって」

「それは嬉しいんですけど、ちょっと心配だな」

「大丈夫だって。私だって受験は成功してるんだよ。吉野君よりは経験あるんだし、お姉さんに任せてね。じゃあ、吉野君のバイトが無い日に私が吉野君の家に行って教えてあげるね」

「え、俺の家にくるんですか?」

「うん、そうだよ。それとも、吉野君は私の家に来たいって事なのかな?」

「そう言うわけじゃないんですけど」

「ああ、静香ちゃんの事が気になってるって事ね。それならそういてくれれば良かったのに。でも、吉野君にはまだ静香ちゃんには会わせてあげないよ」

「別にそれはどうでもいいんですけど。本当に俺の家に来るつもりですか?」

「もちろん。来年は吉野君が私の後輩になってるかもしれないからね。大学と短大で微妙に違うんじゃないかって気もしてるけどさ、そんな細かいことは気にしなくても大丈夫だって」

 俺が平野さんの提案を拒む理由なんて無いのだけれど、何となくここで素直になるとずっとからかわれてしまうんじゃないかという心配がある。そんな経験をしたことは無いのだけれど、今以上に俺の事をからかってくるんじゃないかなという不安な気持ちはあるのだ。その半面、平野さんに勉強を教えてもらえるという期待感はあるのだ。やましい気持ちなんてこれっぽっちも無いという事だけは間違えないで欲しい。


「本当に来ちゃってあれだけどさ、さすがに実家ってのは緊張しちゃうね。勉強を教えるって言ってもいきなり家に押しかけるのって失敗したかな」

「別に俺はここでやめてもいいんですよ。別に平野さんに勉強を教えてもらわなくても大丈夫だと思うし」

「そう言われると帰る気無くなるよね。吉野君の言い方だと私が全然役に立たない人みたいに聞こえちゃうからね。そうじゃないってところを見せてあげないとね」

 正直に言えばここで平野さんが帰ったとしても俺は悪い印象を持つことは無いと思う。逆の立場だったら俺も帰りたいって思うかもしれないし、いきなり家に遊びに行くというのはハードルが高いような気もするのだ。まあ、遊びに来たのではなく勉強を教えに来たんで俺の家族が受ける印象も違うとは思うのだが、なぜか俺の姉ちゃんが半休を取って仕事から帰って来ているのだ。

「父さん以外は家にいるんですけど、それは気にしなくて大丈夫ですから」

「お父さん以外って、吉野君は兄弟とかいるの?」

「姉ちゃんが今すよ。俺の二つ上何で平野さんの一つ上になると思います」

「そうなんだ。吉野君のお姉さんと仲良くなれたら嬉しいな」

「たぶん大丈夫だと思いますよ。姉ちゃんは優しいし友達も多いんで平野さんとも仲良くなれると思いますから」

 姉ちゃんは俺と違って誰からも好かれるタイプの人間なのだ。小学校の時からずっとクラス委員とか生徒会長とかをやっている人間なので周りからの信頼も厚くそれにちゃんと応えることが出来ていた。中学までは吉野幸子の弟という事で過度な期待をかけられたりもしていたのだけれど、残念なことに俺はその期待に応えることの出来るタイプではない。そんなことがあって高校は姉ちゃんと別のところを受けたのだが、姉ちゃんとしてはその事が少しショックだったのだと母さんから聞かされた時は少しだけ申し訳ない気持ちにもなったのだ。

 そんな姉ちゃんは中学の時によく見ていた笑顔で平野さんを出迎えてくれたのだ。家族や友達に見せる笑顔とは少し違う余所行きの笑顔なのだが、当然平野さんはそんな事は気付いていない。たぶん、母さんも姉ちゃんのこの笑顔の事は気にしてすらいないと思う。

「はじめまして。綾斗君と同じ焼き肉屋でアルバイトをしている平野未来と申します。綾斗君の勉強の手伝いが出来ればと思って今日はお邪魔させていただきました。つまらないものではありますが、よろしければこちらをどうぞ」

「あらあら、これはご丁寧にありがとうございます。この子ったら受験生だって言うのに全然勉強しないんで心配してたんですよ。そんな時に平野さんが勉強を教えてくれるって聞いて驚いてたんですけど、本当にいいんですか?」

「はい、私も全部の科目を覚えているか不安ですけど、教科書を見れば教えることは出来ると思うんですよ」

「よろしくお願いしますね。そうそう、平野さんは甘いものはお好きかしら?」

「甘いのもでしたら大好きです。最近はあまり食べてないんですけど」

「好きなのに食べないって、何か病気でもされてるんですか?」

「いえ、そう言うわけではなくて、あまり食べ過ぎると太るんじゃないかなって思ってひかえてるんですよ」

「あら、平野さんはそういう事は気にしなくても大丈夫そうなのにね。幸子もかなり気にしてるみたいなんですけど、あんまり効果が出てないみたいなんですよ」

「ちょっとやめてよ。そんなこと言わなくてもいいから。本当お母さんってすぐそう言うこと言うんだから」

 姉ちゃんは別に太っているというわけではないと思うのだが、姉ちゃんの友達はみんな痩せている人が多い。少なくとも俺が知っている姉ちゃんの友達はみんなスラっとした体型だし、平野さんも痩せている側の人間だと思う。だからと言って姉ちゃんが太っているとは思わないのだ。それよりも、母さんの方が太っていると思うのだが、それについては誰も言及なんてしたことは無いのだ。

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