第十一話

 いつもの俺であればもっと悩んでしまっていると思うのだが、今回に限って言えば何も悩むことなどなかったのだ。何をうじうじ悩んでいるのだという心の声も聞こえることが無いくらいスパッと答えにたどり着いたのだ。

「舞ちゃん。そういうのは良くないと思うな。そう言うことを言うと勘違いする人も出てくると思うから気を付けた方がいいと思うよ」

「あ、そっちですか。何だ、チューしてくれるのかと期待してたのにな。まあ、河崎さんならそうするんだろうなってうすうす感じてましたけどね。期待外れなのか期待通りなのか難しいところではありますが、今回はそれでよしとしましょう。ちなみになんですけど、職場でもちゃんと名前で呼んでもらうことは出来るんですかね?」

「さすがに名前で呼ぶのは勘弁してもらいたいな。名字で呼ぶことにするからさ」

「うーん、今回は特別にそれで妥協しましょうか。名前で呼んでもらうのは二人だけの時の特権だとしても、名字で呼んでもらえるようになるってのも大きな一歩ですからね。とりあえず、今はそれで勘弁してあげますよ」

 何とか許しを得ることが出来たのだが、これはある意味脅迫されてしまったのではないだろうか。日野さんや大原さんにバレるのは何もやましいことが無いので問題ないのだが、この事をネタにこれからもハーゲンダッツをねだられるのではないかと思ってしまう。別にハーゲンダッツを食べてもらう事は問題ではないのだが、今回みたいに泊っていきたいと言われた時にどうすればいいのか悩んでしまう。来客用に布団セットでも用意しておいた方が良いのかとも思うのだが、今のところ誰も泊まりに来る予定なんて無いのだ。そもそも、誰も家に呼ぶつもりだってないというのに。

「じゃあ、僕も布団に戻りますね。ほら、この状態で跨いだら見えちゃうと思うんで河崎さんはちょっとだけ起きてください。それとも、そのまま跨いでほしいって思ってたりしますか?」

「そう言うわけじゃないけど。ほら、これで通れるだろ?」

「はい、良く出来ました。じゃあ、もう一つついでにお願いしてもいいですか?」

「変な事じゃなかったら聞いてやるよ。どんなお願いなのさ」

「えっと、僕って普段横を向いて寝てるんですけど、家だと抱き枕も抱いてるんですよ。それで、河崎さんにはその抱き枕の代わりになってもらいたいんですよね。なので、僕に背中を向けるんじゃなくて顔を向けてください。僕って抱き枕を抱きかかえないと落ち着かないんですよ」

「それって、抱き合って寝るって事?」

「そう言うことになりますね。でも、これは河崎さんだからお願いする事であって、他の人にはちょっと言いづらいお願いになっちゃいますね。やっぱり嫌ですか?」

「さすがに正面で抱きしめられるのはどうかと思うんだよな。それに、舞ちゃんはパンツを履いてないわけだし、さすがにそれは良くないんじゃないかなって思うんだけど」

「僕もちょっと良くないとは思うんですけど、確かめたいこともあるんでお願いします。あと、パンツの事は気にしないでください。言われると恥ずかしいけどこれが僕のスタンダードなんで」

 さすがに正面を向いて抱き合うのは良くないと思う。先程も感じたのだが、どんなにボーイッシュな感じでも松本舞は立派な女性なのだ。胸もそれなりに膨らんでいるし、体だってぷにぷにして柔らかいのだ。顔だって中性的ではあるけれど、見ようによっては美人にも見えるし可愛くも見えるのだ。そんな女性に正面から抱き着かれて反応しない男なんているわけがないだろう。それは良くないと思ってしまうのだ。

「もしかして、河崎さんっていつもは横を向いて寝てない感じだったりします?」

「なんで?」

「何となくなんですけど、マットの沈み方が横向きの人の寝方じゃないような気がするんですよね。となると、仰向けかうつ伏せで寝てるんだろうなって思うんですが、そのどっちかだったりします?」

「ああ、なんでそう思うのかわからないけど、俺はいつも仰向けで寝てるよ。ちょうど二人の間くらいに枕を置いて寝てる感じかも」

「じゃあ、ちょっとだけいつもみたいにしてもらってもいいですか。腕枕する感じで伸ばしてもらえるといいんですけど」

「わかった。そっちが狭くなると思うからここでいいけどさ」

「いや、いつもみたいな感じで大丈夫です。無理そうだったら移動してもらうだけなんで」

 無理そうだったらと言われても、いつもの感じで寝ると松本舞が寝るスペースなんて無くなってしまうと思うのだ。俺は少しだけいつもの場所から横に移動して腕を伸ばしてみたのだが、案外腕を伸ばしても何とかなるもんだった。

 松本舞は体を少しだけ小さくして俺の腕を枕代わりにしながら俺の体の下に片腕を通して抱きしめるように俺にくっついてきたのだ。

「どうですか。いつもより狭いって感じちゃいますか?」

「いや、思っているほどではないかな。舞ちゃんは狭くない?」

「僕は大丈夫ですよ。いつもぬいぐるみに囲まれて寝てるんで今よりも寝てるスペースは狭いかもしれないですし。あ、ぬいぐるみに囲まれて寝てるのを変だって思いましたよね?」

「そんな事は思ってないって。普段は男らしいって言うか、サバサバしてる感じの時が多いから意外だなって思ったんだよね。俺が思っているよりも舞ちゃんは女の子なんだなって思ったくらいだよ」

「それはちょっと失礼だと思いますよ。僕だってちゃんと女の子なんですからね。大原さんみたいに胸は大きくないですけど、普通くらいにはあると思うんですよ。そう言えば、河崎さんって大原さんの胸を触ったことってあるんですか?」

「いや、触ったことなんてないけど」

「そうなんですか。僕はあったりしますけどね。どういう感触だったかは教えないです」

 抱きしめられた状態で何もしないのは無理なんじゃないかと思っていたのだけれど、想像していた事と真逆で松本舞に抱きしめられて寝るのは落ち着く感じがしていた。それは松本舞も同じだったようで、俺の腕の上でウトウトとしながらちょうど良いポジションを探しているようだった。

 俺はいつもなら仰向けのまま寝てしまうのだが、何となく松本舞を抱きしめたいという思いがわいてしまい、そのまま体を少しだけ横に向けて松本舞の体を包み込むように空いている方の腕も回してしまったのだ。

 もう寝てしまっているのかわからない松本舞であったが、俺が抱きしめる格好になったのを感じ取ってなのかわからないけれど、そのまま俺の体を抱き寄せるようにして体を押し付けてきたのであった。

 俺のお腹の当たりに柔らかい感触が当たってきたのだが、さすがにそれはマズいと思って少しだけ腰を引いていた。だが、松本舞はそんなのは許さないとでも言わんばかりに力を入れてグイっと抱き寄せると、俺の抵抗もむなしく抱きしめ合う形になってしまったのだった。

 このまま寝られるか不安だったのだが、松本舞の寝息を聞いていると俺も自然と眠に落ちていったのであった。

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