最終話

 休みの日はいつも目覚ましをかけていないのだけれど、今日はなぜか目覚ましの音が鳴り響いていた。いつもとは違うけたたましい音が部屋の中で鳴り響いているのだが、それを止めようと思って目を開けると、俺のすぐ目の前にうなされている松本舞の顔があったのだ。

 一瞬何が何だかわからい状態になってしまったのだが、すぐに昨日の事を思い出すことが出来た。この子はうちに泊まって一緒に寝たのだった。文字通り何もせずに普通に寝ただけなのだが、こうして腕枕をしていたことを考えると何かあっても良かったんじゃないかとは思えた。

 けたたましくなっていた目覚ましを止めようと思って体を動かそうとしたのだけれど、松本舞に枕代わりに使われている左手が若干痺れているような感覚に襲われていた。それにしても、これだけうるさい目覚ましの音を無視して寝ていられるのも凄いなと思っているのだが、少しうなされたような感じになっているのは騒音が平気だというわけではないのだろう。

「あ、おはようございます。って、ちょっと近いですね」

「おはよう。ごめん、ちょっと近過ぎたね。離れるから待ってて」

「大丈夫ですよ。その前に、目覚まし止めてきますね。僕のスマホどこだったかな」

 松本舞はベッドから抜け出して鞄の中に入っていたスマホを取り出してアラームを止めていた。そのままスマホを見ているのだが、ちょっと困ったような表情を浮かべて何やら考え事をしているようだ。

「今日ってお昼にラーメン食べに行く約束してますよね?」

「そう言えば、昨日の夜にそんな約束した記憶があるけど、何か用事でも出来たのか?」

「まあ、用事と言えばそうなんですけど。僕の彼女から彼氏が帰ったから一緒にランチでも行こうよって連絡きてたんですよ」

「それならそっちを優先しても良いよ。ラーメンよりも彼女の方が重要なんじゃない?」

「うーん、そうした方がいいような気もするんですけど、河崎さんとラーメン食べに行くって約束しちゃったしな。それに、僕の頭も口もラーメンモードになっちゃってるんですよ。彼女には悪いけど、正直にラーメンを食べに行くって伝えときますね。ランチならいつでも行けると思うし」

「そんな事して大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。嘘ついてこの事がバレる方が面倒なことになりますからね。それに、昨日の夕方には河崎さんの家に泊まるって伝えてありますから」

「そうだったんだ」

 ん、昨日の夕方には俺の家に泊まるなんて話は出てないぞ。そもそも、夕方の時点ではまだ松本舞は一人でご飯を食べていたと思うし、その時には一緒に帰るなんて話もしていないわけだし。もしかして、これって全て計画されていた事なのか?

「河崎さんの家に泊まるって伝えてなかったら昨日の夜に電話かかってきたかもしれないですからね。僕の彼女って嫉妬深いところがあるんですけど、ちゃんと連絡してたら信じてくれるんですよ。河崎さんが料理してるところの写真を送ったらわかってくれましたからね」

「いつの間にそんな事してたんだよ。それにしても、随分と理解力のある彼女さんなんだな」

「まあ、向こうも僕と同時に付き合ってる男がいるって事ですし、そういうところはお互いに自由な部分もあるんですよ。さすがにどっちかが結婚したら恋人同士じゃなくなると思うんですけどね。朝はまだ少し寒いんで、また布団に入ってもいいですか?」

「ああ、どうぞ」

 俺は松本舞が通れるように体を起こすと、松本舞は僕の後ろを通ってシャツを抑えながら布団の中へと入ってきた。

「もう一度腕枕してもらってもいいですか?」

「いいけど、高さとか大丈夫だった?」

「大丈夫って言うか、凄く良かったです。抱きしめてくれているのも安心感が凄くて、ここ数年で一番よく眠れたと思います。河崎さんはちゃんと寝れましたか?」

「俺もなんかよくわからない感じなんだけどさ、いつもより深い眠りにつけたような気がするんだよな。抱きしめたのもちょうどいい感じだったんじゃないかなって思うんだよな」

「それなら良かったです。もしかしたら、僕たちって添い寝する相性良いのかもしれないですね。もう少し強く抱きしめてもらってもいいですか?」

 俺だけじゃなく松本舞も気持ちよく寝ることが出来たみたいで良かった。今までも昔の彼女と添い寝をしたことはあったのだけれど、ここまで安心して眠ることが出来た相手はいなかったと思う。多少の下心はあったのかもしれないけれど、俺は松本舞に対してそういう気分にならなかったというのが大きいのかもしれない。

「もう少しこうしていたいな。河崎さんの腕の中ってなんだか落ち着くんですよね」

「俺も舞ちゃんを抱きしめてるのはリラックス出来る感じがしてるよ」

「僕たちって本当に相性良いのかもしれないですね。何か嫌なことがあったらここに泊まりに来ちゃおうかな」

「たまにならいいけどな」

「たまにですね。そう言えば、僕のパンツってもう乾いてますかね?」

 そう言えば、松本舞はシャツを一枚だけ着ている状態なのだ。その下には何も身に付けていないという事を忘れていた。全体的に柔らかい感触がしている松本舞ではあるが、俺に抱きついているためなのかより柔らかさを感じる部分もあるのだ。

「今僕はノーパンだったって思いだしたんですけど、僕が今パンツを取りに行くのも恥ずかしいし、河崎さんに取ってきてもらうのも恥ずかしいんですよね。もう少し暖かくなるまで我慢しようかな」

 俺はこの事を忘れていたわけではないのだけれど、意識はしていなかった。何も意識をしていない状態だったので何ともなかったのだけれど、こうして言葉にされると途端にその事ばかり考えてしまうのであった。

「僕って、おっぱいはそんなに大きくないんですけど、形はいいって褒められるんですよ。それと、お尻の形も自信あるんですよ。河崎さんが見たいって言うんだったら、泊めてくれたお礼に見せてあげてもいいですけど、見たいって言ってくれますか?」

 俺はなんだか急に恥ずかしくなってきて、松本舞に何も言い返せなくなってしまった。

 腕枕をしている状態なので顔を背けることも出来ずに無言で困っていたのだった。


「もう、何も言ってくれないとこっちの方が恥ずかしくなっちゃうじゃないですか。でも、こうやって朝から元気に答えてくれるのは僕も嬉しいですよ。河崎さんは何もしてくれなかったし、僕の事を女の子として見てないんじゃないかなって思ってたりもしたんですからね。」

 さっきまでも近い距離にいたのだが、今はもう顔が触れそうなくらいに松本舞との距離が詰まっていた。

「あとで美味しいラーメン食べに行きましょうね。その前に、ちょっとだけ今日の思い出を作りましょうね」

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