第五話
誰かが使った後のお風呂に入るのは久しぶりだったのだが、壁や床に一通りシャワーをかけてくれていたようであった。俺は頭を洗おうとシャンプーに手を伸ばしたのだが、その時に天井から落ちてきた水滴が背中に当たって少しだけ驚いてしまった。
お風呂で人を待たせるのも久しぶりな感じだったのでいつもよりも早く出た方が良いのか悩んでしまったが、結局俺はいつも通りに体を洗っていつも通りの時間に出てしまったのだ。
「あ、お帰りなさい。河崎さんも何か飲みますか?」
「ああ、俺はもう酒はいいや。アイスあるけど食べるか?」
「うーん、アイスか。ちょっと食べたいけど今はいいです。ちなみに、何のアイスですか?」
「今残ってるのだと、チョコと抹茶かな」
「へえ、河崎さんってそういうのも食べるんですね。ちょっと意外かも。デザートとか試食でもあんまり食べてないから僕は河崎さんが甘いの嫌いだと思ってましたよ」
「別に嫌いってわけじゃないんだよな。試食で皆に食べてもらう時ってすでに一通り食べた後だったりするし、新しい感想聞きたくて出してるって感じだしな」
「え、それって、僕たちが試食してる時にはいっぱい食べてた後って事ですか?」
「そりゃそうでしょ。ある程度完成したものを試してもらってるんだし、そこにいたるまでには微妙なものを何度も何度も食べて確かめてるんだからね」
「あ、そういう事ですよね。甘いものだって全部美味しいってわけでもないですもんね。甘すぎて美味しくないとか失敗して変な味がするとかありそうですよね。それはそれで大変そうだ。ちなみになんですけど、これから食べるのってチョコにするんですか?」
「いや、決めてないけど。気分的には抹茶かなって思ってたんだけど」
「ええ、僕は抹茶よりチョコの方がいいと思いますよ。だって、抹茶のアイスってほろ苦いですからね。甘いのか苦いのかわかんないですもん」
「別に君が食べるわけじゃないからそんなの気にしなくていいだろ。これから食べるのは俺なんだし」
俺は冷凍庫からアイスを取り出そうとしたのが、松本舞は次のお酒を取りに行くという事でアイスも一緒に持ってきてくれるようだ。俺は別にどっちを食べても良いのだけど、抹茶が嫌いな人ってのは目の前で食べているのを見るのも嫌なもんなのかと初めて知ることが出来た。今までそんな事を言われたことが無かったので気付かなかったのだが、これは松本舞だけがそう思っているのかもしれないけどな。
「ちょっと待ってくださいよ。アイスってハーゲンダッツじゃないですか。なんでこんな良いの食べてるんですか。それも、一個や二個だけじゃなくていっぱい入ってるじゃないですか。しかも、このチョコって今だけの限定フレーバーで中々買えないやつだし。なんで河崎さんはこんなにダッツばっかり買ってるんですか。もしかして、本当はお金持ちだったりするんですか」
「いや、そう言うわけじゃないんだよ。ハーゲンダッツを買ってるのは理由があってだな」
俺は親戚に頼まれてハーゲンダッツの定期購入をしているのだ。期間限定のモノと定番商品の詰め合わせが毎月届くのだが、コンビニやスーパーで買うよりも三割ほど安く変えているという事を伝えると松本舞の目は今日一番輝いていたのだった。
「それって、僕も頼めたりするんですかね?」
「どうだろう。誰かに勧めていいとか聞いた事ないからな。今度会った時にでも聞いてみるよ」
「お願いします。ちなみになんですけど、一回頼むのにどれくらいかかってるんですか?」
「毎月五千円だったと思うよ」
「あ、やっぱりそれくらいするんですね。ちょっと僕には無理かもしれないな」
さっきまでの目の輝きが消えた松本舞は寂しさを紛らわせるかのように冷蔵庫からストロング缶を三本取り出していた。なんで三本も飲もうとしているのかわからないが、その量を一気に飲むのはやめて欲しいと思って冷蔵庫に二本戻しておいた。
「そんなにハーゲンダッツ好きなの?」
「まあ、嫌いな人っていないですよね。高いだけあって美味しいですし。僕も河崎さんみたいにお金があればそんな幸せな生活を送れるんでしょうけど、今の僕にはそのハードルは高すぎますよ。せめて、今日は一口だけでもそのチョコを味合わせてください」
「別に一口だけじゃなくて一個食べても良いけど」
「何ですか、あなたが神だったのですか。こんな高級なものを一個食べても良いなんて心が広すぎますよ。でも、こんな時間にアイスを一個まるまる食べてしまったら太りそうなんで一口で大丈夫です」
さっきシチューをたくさん食べていたしお酒もこれだけ飲んでつまみも食べているので今更アイスの一つや二つ食べても誤差なんじゃないかと思ってしまったのだが、それをわざわざ言う必要もないと思って俺は黙っていることにした。
松本舞は俺が渡したアイスを両手で大事なものを守るように包んでいるのだが、その姿は大切なものを守っているようにも見えた。床に座っているのでさらに小さく見えていた。
俺はアイスを食べるためのスプーンを手渡すと、松本舞は先ほどのように目を輝かせながアイスにスプーンを差し込んで掬うと、それを俺の方へと向けてきた。
「最初の一口は河崎さんからどうぞ。一番美味しい瞬間は河崎さんにあげますんで食べてください」
「いや、君から先に食べていいよ。別にどのタイミングで食べても変わらないと思うし」
「そんな事ないですって、この固まっているのと溶けかけている瞬間のやつが一番美味しいんですよ。ほら、遠慮せずに食べてください」
そこまで言われたら食べてみようかとも思うのだけれど、人に食べさせてもらうというのは少し気恥ずかしいものがあった。
「どうですか。美味しいですか。いつもより美味しかったりしますか」
「うーん、そう言われるとそういう気もするけど、いつもと変わらない味のような気もするな」
「じゃあ、もう一口食べてください。それで違いがわかるか確かめましょう」
もう一口二口と食べさせられていったのだが、このままだと松本舞が食べる分まで全部俺が食べてしまうのではないかと思ってしまった。
「いや、俺ばっかりじゃなくて君も食べていいよ。ほら、そんなに好きだったら残ってるの全部食べても良いから」
「え、本当ですか。嬉しいな。じゃあ、スプーンを渡すんでお願いします」
「いやいや、自分で食べていいって。その方がいいんじゃない?」
「そんな事ないですよ。ほら、恥ずかしがらずに食べさせてくださいって」
俺は強引に渡されたアイスとスプーンに戸惑いながらも、松本舞に向かって掬ったアイスを食べさせてあげたのだが、得も言われぬ表情を浮かべて幸せそうにしていた。
「美味しいですね。これくらい溶けた感じのやつが一番好きなんですよ。冷凍庫から出した手のも美味しいですけど、これくらいのが一番好きです」
こんな一面もあるんだなと思いながら見ていたのだが、こんなに幸せそうにしてくれているならもっと食べさせたいと思えてしまった。
体をくねくねさせながら喜びを表現している松本舞なのだが、Tシャツの襟元から時々膨らみが見えていた。そう言えば、脱衣所に脱いでいた下着があったというのを思い出してしまい、今はTシャツの下に何もつけていないという事に気付いてしまった。
そう考えてみると、じっくり見なくても乳首の位置がわかってしまう。その事に気付いてしまった俺は松本舞の事を直視することが出来なくなってしまった。
「もう一口食べさせてくださいよ。これって、思っていた何倍も美味しいんですね」
俺に向かって口をあけて催促してきた松本舞の胸元を意識してしまったためなのかわからないが、先程よりも胸元が大きく開いてきているように感じてしまい、俺はますます直視することが出来なくなってしまっていたのだった。
「ねえ、もっとくださいよ。僕にたくさんください。じゃないと、河崎さんの分もお酒飲んじゃいますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます