第四話

 冷静に状況を確認してみるのだが、俺には納得できないことがいくつかある。まずは、今の時間を使って状況を整理する事にしよう。

 本日、俺は松本舞の代わりに出勤して働いていた。基本的には夕方から深夜帯に働いてる俺はいつもと違う客層に戸惑いつつもそれなりに楽しく仕事をこなすことは出来たと思う。

 ちなみに、休みを代わった理由は松本舞が彼女とデートをするからだという事だったのだが、松本舞の彼女は彼氏がくるからデートは出来ないという事になったそうだ。そこでデートが出来なくなって時間の空いた松本舞が職場に顔を出してきた。松本舞は少しだけお酒と料理を楽しんだ後、俺が退勤する時間を見計らって俺に奢らせてきたのだ。

 ここまではまだいいとしよう。

 その後は駅まで送る話になっていたはずが、松本舞はなぜかスーパーで大量の酒とつまみを買って俺の家で酒盛りを始めるのだ。俺が準備していたシチューを温めて提供すると、それを全部食べてしまったのだ。俺もお代わりしたので松本舞が全部食べたわけではないのだが、それは明日の分を残しておいても全部食べられてしまいそうだと思って仕方なく食べただけに過ぎない。全部食べられるくらいなら俺もいっぱい食べておこうという気持ちになってしまったのだ。

 ここまでもまだ良しとしよう。

 俺は今一人で空になった缶やつまみの入っていたゴミを片付けたり食器を洗って部屋の片付けもしていたのだ。俺は家で酒を飲まないのでこんなに缶が袋の中で一杯になることなんてないのだが、あの細い体のどこにこれだけの量が入っているのだろうと不思議に思えてくる。あまりトイレにも行っていなかったと思うのだが、その謎は解明しようとしない方がいいだろう。

 ここまでもまだ納得しようと思えばできるのだ。

 問題は、なぜ松本舞がシャワーを浴びているのだという事なのだ。シャワーを浴びるという事は完全に帰るつもりもないという事だと思う。仮に泊まるのだとしても、シャワーまで浴びる必要もないと思うのだが、松本舞はシャワーを浴びていない状態で布団に入るのだけは嫌なのだそうだ。

 ちなみに、松本舞は俺のベッドで俺と一緒に寝るつもりらしい。そんなに広くないからやめて欲しいとは思うのだが、俺の家に来客用の布団セットなんてものは無いので別々に寝るには毛布を体に巻いてリビングで寝る必要があるのだ。たまに映画を見ながら寝落ちすることがあるのでわかるのだが、リビングで寝てしまうと次の日体が痛くなってしまう。それだけは避けたい。


「河崎さん。別に新品のパンツじゃなくてもいいんですよ。朝になったら乾いていると思うんでその間のつなぎですから」

「遠慮しないで新しいのを使ってくれ。俺が履いたやつだとちょっと気分的に申し訳なくなってしまうから」

「そんなの気にしなくていいのに。僕はそういうの気にしないタイプなんで大丈夫ですよ」

「俺が気にするタイプだから」

「気にし過ぎですよ。でも、その割には貸してくれたシャツは新品じゃないんですね。ちょっと面白いかも」

 パンツの予備があったのは前にサイズを間違えて買ったやつを返品せずに置いていたからなので常にストックがあるわけではない。シャツのストックもあるにはあるのだが、無地の白いやつなので色々と透けてしまってお互いに気まずい感じになりそうだと思って渡すことが出来なかった。グレーのTシャツを渡したのだが、この色は大丈夫だろうか。

「河崎さんもシャワー浴びますよね?」

「そうだな。軽く汗を流したいからな」

「じゃあ、河崎さんがシャワー浴びてる間にここで下着を洗っててもいいですよね。この時間に洗濯機を使うのもどうかと思うし、使い終わったらちゃんと綺麗に清掃しておきますから。さすがに洗ってない下着をまた身に付けるのって抵抗ありますからね」

「君の言う通り洗濯機はさすがに近所迷惑だからダメだけどさ、自分で手洗いするって言うんだったらいいと思うよ」

「ありがとうございまっす。じゃあ、シャワーも浴びてスッキリしたところで、お酒飲んで待ってますね。風呂上がりの一杯は格別ですからね」

 シャワーを浴びてきた松本舞はまだ完全に乾ききていない髪をタオルで拭きながらリビングへ戻ってきた。そのまま流れるように冷蔵庫の中から缶チューハイを取り出すと、何のためらいもなくそれをグビグビと飲んでいるのだ。

 俺が用意していたTシャツもハーフパンツも大きめではあるがそこまで問題になるようなサイズ感でもなさそうだ。

「あ、脱いだままの下着がそのままだったのを忘れてました。河崎さがシャワー浴びている間に洗おうと思ってたから置きっぱなしにしてたんですよ。それはちょっと、ごめんなさい」

「そこまで気にしてないから」

 そう言ってみたものの、俺はその言葉を聞いて脱衣所に下着があるという事を意識してしまっていた。言われなくても視界に入るんだろうから気にはなると思うのだが、こんな風に宣言された後だと余計に気になってしまいそうだ。

「でも、サイズとか見たいって思うんだったら別に見てもいいですよ。河崎さんがどれくらいのを好きなのか知るのも面白そうですし」

「そんなの知らなくてもいいだろ」

 俺はそう言い残してシャワーを浴びに行ったのだが、脱衣所に無造作に置かれていて俺の目に飛び込んできたのは、この家には絶対にない可愛らしい下着だったのだ。

 そう言えば、松本舞はデートをするつもりだったんだという事を思い出していた。そう考えると可愛らしい下着を選ぶのも納得は出来る。サイズを見ても良いとか言われたけれど、ここで確認する事はよくない事だと本能が俺に訴えかけてきていたのである。

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