第六話

 松本舞が見たいと言った映画を見ているのだけれど、何度も見ている映画なので内容はほとんど覚えている。どのシーンが好きかと聞かれればそのシーンを細かく説明するくらい見返しているのだが、今は全く映画に集中出来ずにいた。

 なぜなら、松本舞は俺のすぐ隣で俺にもたれかかるように座りながら映画を見ているのだ。左に寄りかかりたいというのであれば場所を替わると言ったのだが、今はこのままでいいという事で俺は動けずに固まってしまっていた。

 誰かと映画を見ることは何度もあったのだが、ここまでピッタリとくっついた状態で映画を見るのは初めてなのではないだろうか。過去に付き合ってきた恋人ともこんなにくっついた状態で映画を見たことなんてなかったし、映画以外でも普通の状態でこんなに接近していた事なんて無かったと思う。今までは何とも思っていなかったのだが、今日は色々とあって松本舞の事を意識してしまっているのかもしれない。

「河崎さんってこの映画見たことあります?」

「ああ、何度も見ているよ。好きな映画の一つだからね」

「そうなんですか。こういう映画が好きだっていうのは意外です。別れた女の影響ですか?」

「別にそう言うわけではないんだけど。別れた女ってのは表現があまり良くないと思うな」

「表現があまり良くないですか。じゃあ、河崎さんを捨てた女の影響ってやつですか?」

「いや、捨てられたとは言ってないけど」

「河崎さんが捨てたって事ですか?」

「そういう事でもないけどさ。そういうのあんまり話すような事でもないと思うんだよな」

「そうですかね。僕は別に気にしないですけど。僕もどっちかって言うと捨てられる方が多いですからね。ほら、僕の場合って彼氏がいる女の子と付き合う事が多いから大変なんですよ。相手の彼氏って僕の事を彼女の親友とか凄く仲の良い女友達って感じで見てるんで浮気相手だってバレることは無いんですけど、彼女の方が浮気をしているって罪悪感に苛まれちゃうらしくて振られちゃうんですよね。みんな別れた後は友達になりましょうって言ってくれるんだけど、そういう人達って結局男の方が好きだから僕と距離をあけてきたりするんですよ。僕としてはその気持ちも理解してるんで問題ないんですけど、向こうが割り切れないというか、僕と一緒にいることでまた浮気をしてしまうんじゃないかって思っちゃうらしく、なかなか二人であってくれなくなるんですよね。河崎さんは女の子同士でエッチするのも浮気だって思いますか?」

「性別がどうあれ浮気には変わりないんじゃないか。俺が彼氏の立場だったらそう思う気がするけど」

「やっぱりそうですよね。僕もそう思ってるんですけど、逆にですよ。僕がこうして河崎さんと一緒に今みたいな感じで映画を見てるのは僕の彼女からしたら浮気になると思います?」

「今の感じを見たらそう思うんじゃないかな。俺が彼女の立場だったら何かあるんじゃないかなって思っちゃいそうだし」

「そうですよね。やっぱりそう思うのが普通ですよね。でも、僕って不思議と河崎さんに対しては恋愛感情ってモテないんですよ。優しくて頼りがいのあって素敵な先輩だとは思うんですけど、どうしても恋愛対象として見ることが出来ないんですよね。あ、不細工だとか気持ち悪いとか思ってるんじゃなくて、普通に男性としても魅力的だとは思うんですけど、なぜかそういう対象として見ることが出来ないんですよ。僕は男の人とも付き合ったことがあるんでバイセクシャルだと思うんですけど、なんで河崎さんにはそういう感情がわいてこないんでしょうね?」

「それを俺に言われても困るんだが。兄妹に対して恋愛感情が生まれないみたいなもんなんじゃないか」

「僕もそれが一番しっくりくる答えだと思うんですけど、何となく違う気もしてるんですよね。もしかしたら、前世で因縁があった二人とかで運命の糸で結ばれているけどそれは恋愛としてではなく宿命のライバル的なやつなのかなって考えちゃうんですよね。それに、こんな事しても僕はたぶんドキドキしたりしないと思うんですよ」

 松本舞は僕の手を掴むとその手を自分の胸へと押し当てていた。突然の行動に僕は戸惑ってしまったのだが、普段は分かりにくくなっているその膨らみは意外に柔らかくて松本舞も女性だったのだなという事が理解出来た。ただ、それ以上に自分から胸を触らせに来た松本舞の行動が全く理解出来ずに混乱していたのである。

「どうですか。僕って普通ですよね?」

「まあ、普通なんじゃないか。もっと小さいのかと思ってたけど」

「小さい?」

「ほら、普段はゆったりした服装が多いからそんなに目立ってなかったけど、こうして触ってみると膨らみもちゃんとあるんだなって思って」

「河崎さんって最低ですね。そういう事を聞いているんじゃなくて、僕の心臓の鼓動がいつもと変わらないって事を聞いてるんですよ。大きさの事なんて聞いてないですから」

「ごめんごめん。そういう事だったんだね。あんまりわからないけど、そんなに早いわけではないんだね」

「と言っても、彼女に触られてる時もそんなに早くなったりしないんですけどね。もともとそういうタイプだったりするのかなとも思うんですけど、河崎さんはドキドキしてたりするんですかね?」

 松本舞は持っていたお酒をテーブルに置くとゆっくりと僕の方に体を向けて顔を僕の方へと近付けてきた。

 そのまま耳を僕の胸元へ押し当てるのだが、両手を僕の背中へと伸ばして抱きしめてきている事に対して少しドキドキしてしまったと思う。

「河崎さんって、意外とうぶなんですね」

 松本舞は俺の事をからかうような感じの視線を送ってきたのだが、俺はそれに対して目を逸らすことでしか抵抗することが出来ずにいた。

 俺も手をまわして抱きしめたいと思ったのだが、そんな事をすれば今以上にからかわれてしまうと思って我慢することにした。

「なんか、可愛い先輩ですね。でも、約束した通りで、何もしませんからね」

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