女子バスケ部エースの後輩とベンチ外の俺

第一話

 ベンチ入りしているメンバーがみんな練習を終えてから片づけをするまでの短い時間は俺達控えの控えにとって大切な時間なのだ。あまり根を詰めすぎても良くないと言われているのだが、試合に出ない俺達にはそんな事は関係ない。ただ、バスケが好きだからこそこの自由にコートを使うことが出来る十分間は貴重なのだ。

「先輩ってもうすぐ引退するんですよね。俺達は本気でベンチ入り目指してるんで全面使わせてもらってもいいっスか?」

「ああ、構わないよ。じゃあ、俺は使い終わったボールを拭いておくわ」

「すんません。その分上手くなって先輩の分も試合で活躍しますから」

 俺達三年生が出れる公式戦はもう無いし、来月組まれている練習試合にも三年生が出る理由はないのだ。俺はバスケが好きだという理由だけで三年間頑張ってきたつもりなのだけれど、三年間で試合に出たのはたったの一回だけで、その一回でフリースローを六回決めただけで活躍も出来ずに負けてしまったのだ。その試合も練習試合だったので自慢出来るものではないのだが、練習とは違って本番でシュートを決めることが出来たというのはとても嬉しかったのだ。

 それにしても、今コートを使っている一年は小学生の時からバスケをやっているだけあってみんなパスもシュートも上手いんだよな。ウチの中学じゃなければ一年生でもレギュラーを狙えると思うんだけど、そこだけは運が悪かったんだろうな。

「あれ、萩原先輩って今日はシュート練習しないんですか?」

「あ、うん。俺はもう引退だし、レギュラー狙ってる一年生たちにコート譲ることにしたんだよ」

「へえ、そうなんですね。でも、あの一年生ってあんなに上手いのに何で私立いかなかったんですかね。あれだけ上手かったら推薦とかきそうなのに」

「ミニバスの大会でも活躍してたって聞いたんだけど、そこは不思議だよね。もしかしたら、あの五人が離れたくないって言って私立に行かなかったのかもしれないよ」

「それはちょっと気持ち悪いっスね。でも、あれだけパスが通るんだったらあの五人でやってたいって気持ちわかりますよ。私達も今いい感じなんで、来年の大会は応援に来てくださいね」

「男子と時間被ってなかったら応援に行くよ。さすがに男子を無視して女子の応援には行きづらいからさ」

「そんなの気にしなくていいのに。卒業したら関係無いですって」

「ま、平日だったら普通に学校あるから無理だと思うけどね」

「そんな事言わずにお願いしますよ。でも、決勝まで残ったら学校サボって応援に来てくださいよ。それくらいいいと思うんですけど」

「決勝まで残れたらか。もしも決勝まで残れたら行かないわけにはいかないよね」

「じゃあ、決勝だけじゃなくて準決勝と準々決勝も」

「そんなには休めないと思うよ。授業についていけなくなりそうだし」

「でも、来年は本当に決勝行けるかもしれないんで楽しみにしててくださいね。みんな今上手くなってるところなんですから」

「そうみたいだね。若葉ちゃんは今年平均三十点超えてるっていうし、絶好調だよね」

「得点は取れてるけどミスも多いんですよ。瞳がリバウンドとってくれてるってのもあってチャンスも多いんですよね。美月のパスも上手いし、みんなの守備も上手くなってるからこそ私のシュート機会も多いだけなんですよ。私も萩原先輩みたいにシュート全部成功してるといいんですけどね」

「それって俺の事バカにしてるでしょ」

「そんな事ないですよ。練習試合とはいえあの兎梅中相手ですからね。あそこの女子には練習試合でも勝ったことないから萩原先輩の事は凄いなって思ってますもん」

「でも、兎梅中って言っても二軍の補欠相手で決めたのは全部フリースローだからね。何の自慢にもならないよ」

「そんな事ないですって、練習試合でもフリースローは緊張しちゃうから全部決めるなんて無理ですよ。私はフリースロー苦手だから全部決めるなんて無理ですしね」

「若葉ちゃんは流れの中で決めるの上手いもんね。相手がいる方が活躍できるタイプだよね。俺は逆に相手がいると何も出来ずにパス回しに加わるくらいしか出来ないからな。そんな奴は試合でも使えないって俺でも思うから」

「それについてはノーコメントで。あ、私も片付けしなくちゃいけないんで戻らなくちゃ。今度時間ある時にフリースローのコツとか教えてくださいね」

「俺より若葉ちゃんの方が上手いと思うけどな」

「そんな事ないですよ。フリースローもっと上手くなりたいんですもん」

 若葉ちゃんは女子バスケ部のエースと呼べる存在なのだが、俺みたいなベンチにも入れないやつにも気さくに話しかけてきてくれるのだ。俺だけじゃなくてレギュラーメンバーとも仲が良いのだが、今みたいにレギュラーメンバーがいない時は俺に話しかけてくれることが多い。ただ、毎回と言っていいほど俺が唯一出場した練習試合の話をしてくるのは何かの意地悪なのかと勘繰ってしまう。

「先輩って、若葉さんと仲いいんですか?」

「え、仲が良いというか、普通に話をするくらいだと思うけど」

「俺らも若葉さんと話したいんで今度話すときは俺達も仲間に入れてくださいよ。ほら、来年のエース同士で親交を深めておいた方がいいと思うんで」

 若葉ちゃんは来年も女バスのエースになれると思うのだけれど、こいつらの誰かがエースになれるとは思えないんだよな。五人でいる時は凄く上手いんだけど、五人全員が試合に出れるはずもないだろうし、今の二年生ともあんまり仲が良くないみたいだからそこが心配だったりするんだよな。

「一応聞くだけ聞いてみるよ。どういう反応が返ってくるかはわからないけどな」

「マジっすか。ありがとうございます」

「やったー、先輩マジ神っス」

「俺初めて先輩を尊敬したかも」

「ちょっとそれは言い過ぎだわ。もっと尊敬するとこあるだろ。あるかな?」

 ちょっとだけイラっとしてしまったけれど、そんな事は気にせずに俺はこいつらと一緒にモップ掛けをしていた。今日はあまりシュート練習は出来なかったけれど、感謝の気持ちを込めてモップをかけるのであった。

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