第五話
当然の結果ではあるのだが、俺も竹下さんも選んだ動画はとても無難で難易度もそこまで高くなさそうなやつだった。無理をすればもう少し難しそうなのでも出来そうだとは思うのだが、あまり余計なことは言わない方がいいと思い黙っていることにした。
「部長もやっぱり難しくないのを選んでくれたんですね。私も部長を信じて良かったです。でも、こんな簡単なので大丈夫ですかね?」
「まあ、最初だし出来そうなのでいいんじゃない。パッと撮って双六やった方がいいと思うしさ」
「どうせ誰も来ないと思いますし、今日くらいは双六やらなくてもいいんじゃないですかね。部長がやりたいって言うんだったらやりますけど、そこまで双六って大事ですか?」
「そういう風に言われると答えに困っちゃうけどさ、一応部活はやっといた方がいいんじゃないかなって思うよね。そろそろ今年提出分の双六も作り始めないと後で後悔しそうだしな。竹下さんは何かアイデアとかある?」
「私は全然思いつかないですね。思いついたとしてももうあるやつの焼き直しになっちゃうし、この辺の地域をネタにしようにもすでにいくつもありますからね。こういうのって先人の方が有利なんで私達後輩は損することが多いと思うんですよ」
「それに関しては俺もあまり変わらないけどね。竹下さんの好きな酒井さんのアイドルのやつだって連続で六を十回出さないといけないっての以外は似たようなのも多いからね。最初に十回連続出さないとダメだって決めたのは凄いと思うけどさ、それ以外は目新しいことも無いんだよな」
「そうなんですけどね。それは分かってるんですよ。でも、アイドルって設定は私が一番最初にやりたかったなってのはありますよ」
「今だったらアイドルじゃなくてストリーマーとかでもいいと思うけどさ、普通に二番煎じだなって思われちゃいそうだよね」
「私達は常に不利な立場って事ですね。今からする撮影だって誰かの二番煎じだったりしますけど、それは誰かに見せるためじゃないから気にしない事にしましょう。そうしましょう」
「え、せっかくとっても投稿したりしないの?」
「しないですよ。そんなの恥ずかしいから嫌に決まってるじゃないですか。誰か知ってる人に見られたら恥ずかしくて死んじゃいますよ」
「見せないのに撮影する意味ってないような」
「いいんです。恥ずかしいから誰にも見せたくないんですよ」
俺が見るのは良いのだろうかと思ったのだが、ここで変なことを言ってしまうと良くないような気がしたので黙っていることにした。
「なんか言いたそうに見えますけど、何か変なこと考えたりしてないですよね?」
「変なことなんて考えてないって。大体、変な事ってなんだよ」
「変なことは変な事ですよ。部長は意地悪なんだから」
変なことが何かわからないまま撮影することになったのだが、お互いに正解もわからないので見様見真似で撮影は進んでいった。本当に合っているのかどうかもわからないまま一時間くらい経過していたのに驚いていると、竹下さんは思いもよらぬ提案をしてきたのだ。
「誰かに見せるつもりはないんですけど、自分のスマホでお互いを撮影しませんか?」
「なんでスマホを交換して撮影するの?」
「だって、今の感じでやっても思ってる通りにはならないと思うんですよね。自分のスマホにしか残らないって思うと手を抜いちゃうんじゃないかなって思うんです。そこで、お互いにスマホを交換して撮影したらもう少しやる気も出るんじゃないかなって思うんですよ。どうです?」
「やる気が出るかどうかはわからないけどさ、わざわざ交換しなくてもいいような気もするんだけど」
「そこは何となくノリってやつですよ。こういうの撮ってる人ってノリだけで決めちゃうと思うし、私達もノリだけで決めちゃっていいと思うんです。部長だってたまにはそんな風に決めるのも良いと思いますよ。いつもちゃんとしっかりしなきゃってだけじゃ息も詰まっちゃうと思うんですよね」
「それは竹下さんにも言えると思うけど」
「お互いに真面目過ぎるって感じかもですね。でも、それだけじゃダメな事だってこれから先いくつかあると思うんですよ。その時のためにも今はノリで決めちゃいましょうよ。たまにはそうやって練習しておかないと、いざっていう時に困ると思いますよ」
「いや、そのいざって時が来た時点で俺は相当困ってると思うけどね。ノリで決めるのは悪いことじゃないと思うけど、俺は少し考える時間は欲しいなって思う」
「そんなに気にしなくても大丈夫ですって。私のクラスの人もノリと勢いだけの人もいるから問題無いですよ」
「まあ、竹下さんがそれでいいと思うなら今回はそれに乗るけどさ、次からはお手柔らかに頼むよ」
「安心してくださいね。悪いようにはしませんから。じゃあ、今日はすぐに終わりそうな双六だけやって帰りますか。スマホを交換するのは次に二人だけの活動になった時にしましょうね」
その後はなぜかやる気を出した部員たちが交代でやってきたため俺と竹下さんが二人だけで活動する時間というものが作れなくなっていた。今までは一人か竹下さんと二人で活動していたので少し寂しい気もしていたのだが、ここまで人が増えるとあの静かに過ごせていた時間が懐かしくさえ感じてしまっていた。
「最近は急に双六ブームが来たんですね。今までそんな事なかったのにたった一人の力で凄いですよね」
「そうだね。でも、こんなに活気のある活動は俺が部長になってから初めてだと思うから嬉しいよ」
「私も部長が嬉しそうにしているのを見るのは嬉しいですけど、二人で撮影できないってのはちょっと寂しいですね」
「いつまでこのブームが続くのかわからないけどさ、今の間だけでもいろんな人と双六をやる楽しみを感じておこうよ」
「私も双六自体は好きなので楽しむことにします。でも、あの約束は忘れないでくださいね」
テレビや雑誌で特集されている双六のブームはあっという間に終息するかに思われたのだが、時間が経つと同時に様々な業界を巻き込んで双六ブームは拡大していったのだ。日本人なら誰でも出来る遊びであるし、何度やっても同じ結果になることは無いという楽しみも味わえるのがブームの要因にも感じるのだが、双六を流行らせた人達がいつまでたっても飽きることが無かったというのも大きな理由になるのだろう。
人数だけは多かったこの部活もついに部員の半分以上が活動に参加するようになったのは嬉しいのだが、竹下さんとの約束を果たせそうにないというのは申し訳ない思いで一杯だった。
「部長が良ければ私の家で撮影しましょうよ。週末は家族も出かけてることが多いので気を遣わなくても大丈夫ですから。部長の家だと妹さんの受験勉強の邪魔になるかもしれないですし、どうですか?」
撮影すると約束したからには撮影をしたいと思うのだが、さすがに女子である竹下さんの家に遊びに行くのはいかがなものだろうと思ってしまう。でも、竹下さんはやましい気持ちなんて無く純粋に撮影をしたいのだと思うので変な意味なんてないのだと思う。そうそう、変な意味なんてないのだ。
俺は変なことなんて考えずにお互いの都合があった日に遊びに行くとだけ約束はしておいた。この約束に変な意味なんてないのだから。
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