第四話
夕食後に風呂に入り、いつもであればなんだかんだゲームをしている時間なのだが、竹下さんとの約束もあることだし色々と見てみることにしようと思う。普段から見ているわけじゃないのでどんなのが良いのかと思って見てみたのだが、俺が思っていたよりもみんな動きは単調で普通に出来そうな感じがしていた。
試しに手の動きを真似してみたところ、難しいところは何も無いのではないかと思うくらい簡単に真似をすることが出来た。曲に合わせて同じ動きをしてみたところ、それも難なくこなすことが出来たのだ。もしかしたら、俺はやらなかっただけで出来る子なのではないかと思ったのだが、後ろを見た時に俺をじっと見ている妹と目が合ってしまい急に恥ずかしくなってしまった。
「お兄ちゃんがそういうのやるタイプだとは思わなかったけどさ、どうせやるならもっと楽しそうにやった方がいいと思うよ。あ、でも、私と一緒にやりたいとか言い出さないでね。私は今忙しいからそういうのに時間を割く暇は無いんで。まあ、お兄ちゃんが踊ってるやつの動画を見て欲しいって言うんだったら見てあげてもいいけど、感想とか期待しないでね」
「いや、お前を誘ったりはしないよ。ちょっと部活で後輩が踊れそうなやつを探してって言われてやっただけだし、俺はそういうのやるつもりも無いし」
「へえ、お兄ちゃんの後輩ってさ、女子なの?」
「そうだけど、それがどうかした?」
「別に、今までそういうのやってないお兄ちゃんがいきなり始めたから気になっただけだし。で、その後輩とお兄ちゃんは付き合ってるの?」
「付き合うとかじゃないし、後輩もクラスの人が踊りながら撮影してるの楽しそうだなって思ってやってみたくなったって事みたいだからね。俺がやる必要はないんだけどさ、一人でやるのは恥ずかしいから俺も何かやれって言われただけなんだよ」
「ふーん、そうなんだ。でも、お兄ちゃんってそういうの断ると思ってた。じゃあさ、美佳が高校受かったら一緒に踊ってあげるよ。おばあちゃん達にも見てもらいたいし、いいよね?」
「お前がそうしたいんだったらいいけどさ、お前だってそういうの好きじゃないんだと思ってたわ」
「好きとか嫌いじゃなくて、興味無かっただけ。お兄ちゃんが踊ってるの見て面白いなって思ったからさ、おばあちゃん達もお兄ちゃんの変な動き見たら面白いって思ってくれるかなって思ったんだよ。それだけだから」
「そんなに変な動きだった?」
「うん、今まで見た事ないような動きだった」
「マジか、自分では問題無く出来ているつもりだったんだけどな。意外と難しいんだな」
「そう言うこともあるんじゃないかな。じゃあ、私は勉強してるからあんまり音立てないでね」
「わかった。あんまり無理しないで頑張れよ」
「ありがとう。お兄ちゃんは無理目なくらい頑張ってね」
自分では完璧に出来ていたと思っていたのだけれど、他の人が見るとそうではなかったという事なのか。妹の美佳がいなければ変な動きで満足して竹下さんに披露してしまうところだった。
悪魔でも自分の動きを確かめるために俺の動きを撮影してみたのだが、美佳の言う通りで俺は今までどこでも見たことも無いような動きをしていた。右手と左手の動きも揃っていないし、何よりもテンポがかなりズレていて体の軸もブレブレになっているのだ。どうしてこの動きで俺は出来ていると勘違いしてしまったのかと思っていたのだが、単純にリズム感が悪いという事も忘れていたのだった。
「お兄ちゃんが今撮っていたやつを美佳に送ってくれてもいいからね」
「もう消したよ。消してなくても送らないけど」
「残念。今からホットミルク作りに行くけどさ、お兄ちゃんもホットミルク飲む?」
「ホットミルクか、俺が作ってやるからお前は勉強の続きでもしてろよ」
「勉強は疲れたからちょっと休憩したい気分なの。今から根詰めてもまだまだ先は長いしね。それに、面白いもの見れると思ってたら勉強どころじゃなくなっちゃった。これで落ちたらお兄ちゃんの責任だからね」
「俺のせいにするなって。失敗しても俺と同じ高校に通えばいいだろ。歩いて通えるし楽だよ」
「仮に失敗したとしてもさ、お兄ちゃんの高校にはいかないと思うよ。だって、私が入学してもお兄ちゃんと一緒に通えるわけじゃないからさ。一年でも一緒だったらそっちを受けてたかもしれないけどね」
美佳は俺に手を振りながらキッチンへと向かっていった。勉強のストレスで変なことを言うようになったのかなと思いつつも俺は動画の続きを見ることにした。今の感じだともっと簡単なやつじゃないと俺には無理なんだろうなと思いながら適当に見ていたのだが、思っているよりも時間というのはあっという間に過ぎてしまうものらしい。気が付いた時には俺の事を見ている美佳とその陰に隠れるようにして母さんも俺の事を見ていたのだ。
「ね、お兄ちゃんがちょっと変でしょ。あんなのやる人じゃなかったのに、好きな人に頼まれでもしたのかな?」
「そんな事ないでしょ。罰ゲームで踊らされるのかもしれないよ。いじめだったら問題だけどさ、あの子はいじめられて黙っているような子じゃないからね」
「そうだよね。お兄ちゃんが誰かを好きになることなんて無さそうだもんね」
「普通の人に興味があるのかもわからないしね。お母さんはそこが心配なんだよ」
「私も妹としてそこが心配だよ」
なんで俺の部屋のドアは音もなく開いてしまうのだろうと思いながらも、俺は妹の持ってきたホットミルクを受け取るとちゃんとお礼を言ってドアを閉めた。音も無く開いたドアは閉まる時も音がしないのだが、そんなところにこだわりを持って設計した父さんも十分な変わり者だと思うのであった。
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