第5話

「買い物終わったら先輩は帰っちゃう感じですか?」

「そうだね。急ぐ用事とかはないけど帰ってゆっくりするかな」

「それだったら、私の買い物にも付き合ってくださいよ。先輩の買い物に付き合ってあげるんだからそれくらいいいですよね?」

「いや、別に頼んだわけじゃないんだけど」

「そんな細かい事気にしなくていいですって。ね、先輩は暇なんだからいいですよね」

 俺は時間に余裕があるから買い物に来ているという事実はあるのだが、だからと言って暇だというわけではない。家に帰って何かやることがあれば拒否してやるところなのだが、あいにくと今日の俺に予定なんてものは無かった。明日も明後日も仕事以外は予定もないのは黙っておいた方が良さそうだ。

「先輩って、休みの日は買い物してるだけなんですか?」

「そうでもないぞ。普段買えないものを買うことは多いけど、映画を見に行ったり美術館に行ったりもしてるな」

「へえ、映画も美術館もあんまり似合わないですよね。先輩一人だったら周りから浮いたりしません?」

「そんなことは無いと思うけど。そもそも、あんなところって誰かと行く場所じゃないだろ。誰かと話しながら見るものでもないし、今は一人でゆっくり見る方が主流じゃないか?」

「ええ、でも、見終わった後に感想とか言い合ったりしません?」

「そういうのはネットで見てるな。他の人の考察とか見てると結構参考になるし」

「うわ、意外と先輩って現代っ子だったんですね。そういうの否定する人かと思ってました」

「俺が誰かの意見を否定してるところって見たことあるか?」

「え、普通にありますけど。私の出した企画とか先輩が却下すること多いじゃないですか」

「それは別だろ。お前の出す企画は完全に他社の丸パクリが多いんだよ。あとは、予算的に絶対無理な事とか多いし。もう少し現実的に出来そうな提案をしてみたらいいと思うぞ」

「だって、私は何でもいいから企画を出せって言われてるだけですし。なんでもいいって言っといてそれは酷いですよ」

「確かにな。何でもいいとは言ったけどそういう事じゃないんだよな」

「仕事の話はやめましょうよ。せっかくの休みが暗い気分になっちゃいますって。それで、先輩の欲しいものってどこにあるんですか?」

「そうだな。仕事の話は会社ですればいいか。えっと、俺が探してるのはマッサージチェアだから四階だな」

「マッサージチェアって、そんな大きい物買う予定だったんですか?」

「今日買うかはわからないけど、どんなのがあるのか見ておこうかと思ってな」

「そんなの買うお金があるんだったら私がマッサージしてあげますよ。お父さんにマッサージしてあげたら気持ち良いって言ってたし、少しは自信あるんですよ」

「そうなんだ。でも、それは悪いから遠慮しとくよ」


 四階の一番目立つところにマッサージチェアが並べられているのだが、そのどれもが高級なものばかりで俺が思っていた予算とはだいぶかけ離れていた。でも、頑張ればなんとかなるような金額のような気もしているし、これから毎日の疲れをとってもらえると考えると安い買い物のようにも思えるんだよな。

「やっぱりこういうのって高いんですね。私もお父さんに買ってあげようかと思ってたんですけど、こんなにするんだったら無理ですよ。先輩はどれを買う予定なんですか?」

「どれも良さそうなんだよな。機能もそれぞれ違うみたいだし、悩んじゃうよな」

「それなら試してみたらどうですか?」

「いや、試してみたら即決しちゃいそうだから」

「別にいいじゃないですか。これだけ大きいものだったら発送になると思うし、今日買っても持って帰らなくていいと思いますよ」

「そういう問題じゃないんだけどな」

 ある程度高いものだとは思っていたのだけれど、ここまで予算と開きがあるとは思っていなかった。無理をすれば買えない金額ではないのだけれど、よくよく考えてみるとそこまで必要なものではないような気もしてきた。

 ちょっと疲れた時に使うにしては高いような気もするし、ちゃんと疲れをとりたいんだったらそれなりの店に行った方がいいような気もしている。こういったものは生活に余裕がある人が買うものなのだろうと思い始めていたところ、俺は手を引かれてマッサージチェアのあるコーナーから少し離れたマッサージ器のコーナーへと移動していた。

「あっちの本格的なやつじゃなくてこっちのってどうなんですかね?」

 俺の目の前にはお手軽な価格のハンディータイプのマッサージ器が並んでいた。本格的なものとは違って部分的にコリをほぐすタイプのものが並んでいるのだが、その中には割とよく見るものもあって少しだけイケナイ気分になっていた。

「どうせ先輩は今日あれを買うつもりはないんでしょうし、こっちのやつで我慢してみるのもいいんじゃないですかね。安くて小さいけどこういったのでも満足出来るかもしれないですよ」

 もしかして、こいつはそれがどんなことに使われているのかわかっていてわざとやっているのではないだろうか。それにしては、いつもみたいに普通の顔で言ってきているんだよな。本当に何も知らずに言っているのだろうか。俺は少しだけ混乱していた。

「それは買わないかな。俺が欲しいのはそういうのじゃないし」

「そうですよね。先輩は男性だから包まれながら刺激してくるやつの方がいいですよね。私はこれでも良さそうだけど、やっぱり男の人と女の人では違いますもんね」

 こんな言い方をするという事は、こいつは確実に分かってて言っているな。だが、俺もいい大人なのでそんなトラップには引っかからないのだ。

「こっちにあるのはあんまり興味無いな。やっぱりあっちのちゃんとしたやつの方がいいと思うんだよな」

「そんな事ないですって、こっちのも小さいけどちゃんと気持ち良いと思いますよ。先輩はどっちも試したことないのかもしれないですけど、試しても損はないと思いますけど」

「でも、そういう問題じゃないんだよな」

「そういう問題じゃないないって、どういう問題なんですか。これは気持ち良くないって事なんですか?」

「いや、そういう事はあんまり大きい声で言わない方がいいと思うけど」

「大きい声じゃないと思いますけど、何か気にしてるんですか?」

「別に気にしてないというか」

 こいつは本当に何も知らないで言っているのだろうか。今までは誰にも注目されていなかっと思うのだが、こんなに大きな声で騒いでいたら注目されてしまうというものだ。なぜか俺はいたたまれない気持ちになってこの場を去りたくなっていたのだが、こいつは俺をはなしてくれそうには無かった。

「じゃあ、さっきのお返しに先輩がこれを私に買ってくれるまで黙りませんよ。それでもいいんですか?」

「なんでそうなるんだよ」

「いいじゃないですか。パンケーキのお返しにこれくらい買ってくれてもいいと思うんですけど。それとも、先輩は自分だけ満足して私が気持ち良くなるのは嫌だって事なんですか?」

 なんでそんな言い方をするんだろう。どっちの意味でも間違ってはいないのだが、それをもって俺にそんな言い方をすると普通の意味だととらえてもらえないだろう。心なしか他の客と距離が空いているようにも思えるのだけれど、知らない人ばかりだからそういうモノなんだろうと考えることにした。

「わかったよ。それを買ってやるから大人しくしろよ。でも、本当にこれで良いのか?」

「はい、あんまり高いものだと悪いですし、これでも私は満足出来そうだから大丈夫です」

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