第4話
「先輩って、ゲームとかやったりします?」
「昔はやってたけど、今はそこまでやったりしないかな。好きで買ってるゲームシリーズもあるにはあるんだが、最近量って満足してやっていない事の方が多いかもな。そこまでゲームに熱中出来なくなったというのもあるのだろうが、テレビの前にじっくり座って何かをやるという事の集中力がもたなくなったような気がするんだよ。映画館では大人しく見ていられるんだが、家で映画を見ている時は他の事も同時にしてしまったりするな」
「ああ、それは老化らしいですよ。先輩って若く見えますけど、意外とおじさんですもんね。そう考えるとパンケーキをあまり食べてなかったのも説明付きますね。私はまだ若いからたくさん食べることが出来たんだし」
いや、いくら若いと言ってもあの量は食べきれないだろう。二枚食べただけでも物凄い満腹感だというのに、こいつの胃はどこか別の次元と繋がっているんじゃないだろうか。そんな事ぼんやりと考えていたのだが、そうだとしたらコンビニのおにぎり二つを食べ終えるのに昼休みをほとんど使っていることの説明がつかないのだ。全く、こいつは不思議な女だ。
「なんか失礼なこと考えてないですよね。私の事変な女とか思ってたりしますか?」
「失礼な事とか考えてはいないけどさ、変な女だとは思っているよ。入社してきた時から変わった子だなと思ってたけどね」
「ちょっと先輩、それは言わないでください。忘れてくださいよ」
「忘れたくてもあれは忘れられないね。服装は自由と言って最初はちゃんとスーツを着てくるのはわかるよ。わかるけどさ、なんでリクルートスーツじゃなくて礼服だったんだよ。仕事終わりに結婚式でも行くのかと思ったからな」
「就活の時のスーツはクリーニングに出してたんですよ。入社式の後に友達とご飯を食べに行ったんですけど、その時にソースをこぼしてしまったんです。クリーニングって翌日に出来上がるもんだと思ってたんですけど、私が頼んだところはちょっと時間がかかるって言われちゃったんですよ。就職祝いにおばあちゃんから買ってもらった礼服はあったんでそれを着てみたんですけど、家ではそんなに違和感なかったんです。でも、なんでみんなすぐに気付いたんですか?」
「そりゃ、普通気付くだろ。ぱっと見でも違いは分かるもんだと思うよ。お前だって電車の中に礼服着ている人がいたらわかるもんだろ。そういう事だよ」
「まあ、今なら違いがわかりますけど、私服でも良いって事なんですからそこまで気にしなくてもいいじゃないですか。意地悪なんだから」
「別に誰も悪いなんて思ってないって。次の日に他の女子社員たちが一週間くらいパーティードレスを着てきたりもしてたし、そういう意味ではお前は我が社に新しい風を吹かせたってことになるな」
「そんなの嬉しくないですって」
あれ以来何人かの新入社員が入ってきてはいるのだが、他の部署に確認をしてみても配属初日に礼服を着てきた者はいなかったそうだ。こいつも服装が自由だとは言っても初日くらいはスーツを着ていった方がいいと研修の時に言われたからたまたま持っていた礼服を着たに過ぎないのだろう。社会に出たてであれば違いなんかは分からなくても当然なのかもしれない。誰も別に悪いことをしたとは思っていないのだが、本人にとってみればあまり触れられたくない事なのかもしれないな。
なんにせよ、こいつは面白い女だという事は間違いないのだ。
「先輩って、どんなゲーム買ってたんですか?」
「出るたびに買ってたのはドラクエなんだけど、最後にクリアしたのは学生の頃だったかな。最近のも買ってはいるんだが、なかなか集中してやる時間もないんだよな」
「へえ、私はドラクエってやった事ないんですよね。一人でやるゲームってあんまりやった事ないかも。そうだ、私が持ってるゲームを先輩も買って一緒に遊びましょうよ。もしかしたら他にもやってる人がいるかもしれないし、休憩時間にでも聞いてみましょうよ」
「同じゲームをやるのは良いけど、みんなで集まってやる場所とかないだろ」
「何言ってるんですか。わざわざ集まってやる必要なんて無いじゃないですか。今は基本的にオンラインで繋がってやってるんですよ。あ、先輩が私と一緒にやりたいって言うんだったら家に来てもいいですよ。他のみんなには内緒にしてくれるなら」
「さすがにお前の家に行くのは悪いだろ。それに、オンラインで出来るんだったらお前の家に行く必要も無いからな。でも、その為にはネット環境を整えないといけないんだよな」
「先輩の家ってネットないんですか?」
「一応あるんだけど、マンションにある無料のやつだから遅いらしいんだよ。友達と一回ゲームやろうと思って買ったんだけど、回線が安定しないからダメだって怒られちゃった」
「まあ、それはそのお友達の気持ちがわかりますね。でも、先輩の気持ちもわかりますよ。マンションにある無料のやつだとしたら引っ越すのが一番だと思いますけど、ゲームやるために引っ越すってのもどうかと思いますよね」
「そうだな。今の家は会社までちょうどいい距離にあるし、どこに行くにも便利だからな。それに、家賃も相場より安いし」
「え、相場よりも安いって、事故物件とかじゃないですよね?」
「そういうのは違うと思うよ。築年数が結構経ってるからってのもあるんだろうけど、俺が入居した時点ではリフォームもされてたから綺麗なんだぜ」
「へえ、先輩がどんなところに住んでいるかちょっと気になりますね。そうだ、まずは先輩の家で先輩の作る料理を食べて、次は私の家で私が手料理をご馳走しますよ。ね、お互いにとって悪くない話でしょ」
誰かの作った料理を最後に食べたのはいつだっただろう。パッと思い出せないくらい遠い昔だという事は間違いない。それに、恋人がいた時も俺は自分の家に呼んだことが無かったという事を思い出していた。なんで呼ばなかったんだろうと思っていたのだが、部屋自体はリフォームされていて綺麗なのだ。しかし、外観は少し朽ちていて今にも壊れそうなお化け屋敷みたいな感じなのである。そんなところに女性を呼ぶことなんて出来ないよなと自分でもわかっているのだ。
でも、こいつなら呼んでも平気なんじゃないかと思っている俺がいたりする。実際に呼ぶことは無いだろうが、呼んだとしても文句は言わないんじゃないかと思ってしまった。
「俺の料理なんて食べるくらいだったら店で食べた方がいいだろ。男向けの料理しか作った事ないからな」
「そんなの別に気にしなくてもいいですよ。私だって女性っぽい料理とか作れないですからね」
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