第3話

 俺の願いもむなしく一枚が角砂糖を二つ重ねたよりも厚いパンケーキが五枚も重なっていたのだ。ただでさえ目立つ子のブランコ席に他の誰も頼んでいないような五段のパンケーキが運ばれてくる様は圧巻で、他の席からの注目を一身に受けてしまったのだ。なぜ店内を一周してからここに運んでくるのだろうという疑問はあったのだが、これだけ注目されている状況でそれを聞くことは出来なかった。

「美味しそうですね。出来立てのうちに頂いちゃいましょうよ。先輩は好きなトッピングありますか?」

「ここのは食べたことが無いからわからないけど、ベリー系は結構好きかも」

「ちょうど良かったです。私は酸っぱい系のフルーツ苦手なんであげますよ。その代わり、私はこのマスカット貰いますね」

「そのマスカットってそのまま食べても良いの?」

「え、普通に良いんじゃないですか。トッピングだからって一緒に食べなきゃダメって決まりも無いですよね」

「それにしても、お前ってそんなに食べるの早かったっけ。いつもはもっとゆっくり食べてたような気がするけど」

「先輩、あんまり女の子が食べてるところをじろじろ見るのって良くないですよ。いつも先輩の視線は感じてましたけど、食べるところをじっと見てたなんて、何かいやらしいです」

「そんなつもりじゃないって。ただ、いつもより食べるの早いなって思ってたんだよ。お前のパンケーキはもう無くなりそうじゃないか」

 俺が食べているパンケーキと同じものがこいつの前にもあったと思うのだが、いつの間にか残りが一枚になっていた。俺はまだ一枚しか食べ終わっていないというのにどうしてこうも差がつくのだろうか。別に差がつくのは悪いことじゃないと思うんだけど、この速さは異常すぎると思う。

「もしかして、先輩ってあんまりパンケーキ好きじゃないんですか?」

「好きとか嫌いとかはないけどさ、甘いものが苦手な俺でもこれは食べやすいと思うよ。でもさ、そんなに急いで食べる必要は無いんじゃないかなって思うけど」

「私は別に急いで食べてませんよ。そうだ、先輩と私のパンケーキを取り換えましょうよ。それが良いですよね。先輩」

「別にそれでもいいけどさ、そんなにたくさん食べられるの?」

「当り前じゃないですか。甘いものは別腹って言いますからね」

「別腹って、他にも何か食べてきたみたいな言い方じゃないか。それに、お前の場合は別腹の方が大きいように思えるんだが」

「先輩って本当にそういうとこ細かいですよね。そんなんじゃ持てないですよ。あと、ちゃんと名前で呼んでくれなきゃ怒りますよ」

「ご、ごめん」

 なぜ俺が怒られなくてはいけないのかわからないが、この場は謝っておいた方がいいのだろう。それにしても、合計九枚のパンケーキを食べきったのは素直に凄いと思う。厚さがあるのにふわふわで食感もほとんどなく泡のように消えていくとはいえ、このパンケーキを九枚も食べることが出来るというのは信じられない。どれだけお腹が空いていたとしても俺には真似できないと思った。

「お前凄いな。なんか感心したわ」

「先輩。お前じゃなくて愛ちゃんって呼んでください。呼び捨てで愛華でもいいですけど。それに、凄いことなんて無いですよ。これくらいは女子なら軽く食べちゃうと思いますからね」

 あんなに目立つ席に座っていた俺達は他の席からも注目されていたのは当然なのだが、会計に向かう際に聞こえてきた声はさまざまであった。その大半はこいつに対する驚きの声なのだが、こんなに細いのにあんなにたくさん食べるなんて大食いの人なのかなと思っている人が多くいたのだ。

 確かに、こいつは全体的に細くて小さいのであの量を平気で平らげるというのは信じられないのだが、普段はそんなに食べていないというのも信じられない事だろう。甘いものが別腹というのはある意味では本当の事なのかもしれないな。

「パンケーキ五段セットとトッピング全種類がお二つですので、お会計は一万二千円でございます」

「あ、そんなにするんですね。カードって使えますか?」

「申し訳ございません。当店は現金のみとなっております」

「そうですよね。ちょっと待っててもらっていいですか」

 俺は会計金額の高さに驚いて声が出そうになってしまったのだが、あの量のパンケーキにトッピングを全種類頼んだらそうなるだろうなと納得してしまっていた。普段ならあまり現金を持ち歩かない俺であるが、今日はたまたま買い物に行こうと思っていたので手持ちには少し余裕があったはずだ。ただ、さすがに軽食と言われて普段の夕食よりも高いと平常心でいられる自信は無かった。

「ここは私が出しておきますよ。ほとんど食べたの私ですし、先輩にはいつもお世話になってますからね」

「いや、別にいいって。これくらい出すよ」

「まあまあ、そう言わずに。ここは私に出させてくださいよ。あとで何か他のモノを先輩に買ってもらう事にしますから」

「そうじゃなくてな、別に食べた量とか気にしなくていいから」

「いいんですって。私が払いたい気分なんですって」

 初めて見る強気な態度に気圧されてしまってこの場の支払いは任せてしまったのだが、こいつの給料はそこまで高くないはずなのだ。それなのにこんな場所でポンとお金を出せるのは凄いなと感心してしまった。

「お腹も少し膨れたし、次は先輩の用事を済ませましょうね。何を見に行く予定なんですか?」

「作業用の机と椅子を買おうかと思って。ほら、家で仕事やる機会も多くなってるだろ。そろそろちゃんとしたのを買っといた方がいいかなって思ってさ」

「そうなんですね。じゃあ、私がお勧めのを教えてあげますよ。何だったら、私が使ってるのとお揃いでもいいですからね」

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