第2話

 どの席でも可と書いておいたのは間違いないのだが、なんでどの席でもの席がカウンター席とか大テーブル席だとかじゃなくてブランコ席なんだ?

 そもそも、なんで店の真ん中にゴンドラ型のブランコが設置されているんだよ。それも、他の席と比べても高い場所に設置されているなんて注目されたい人みたいじゃないか。

「ちょっと、なんでどの席でも可って書いたんですか。先輩がこういう場所で人に見られるのが好きだとは知りませんでしたけど、それに私まで巻き込むのはやめてくださいよ。こんなところを会社の人にでも見られたら変な噂が広まっちゃうじゃないですか。あ、もしかして、それが狙いだったんですか?」

「違うって、俺だってこんな席があるなんて知らなかったんだよ。どの席でも可って書いてあったら普通はカウンター席とか想像するじゃない。こんな目立つ席があるなんて思いもしないって」

「別にいいですけど、さすがに私もこんなに目立つ席に長居したくないんでさっさと注文して食べちゃいましょうよ。先輩は何にします?」

「ここに来てなんだけどさ、俺はあんまり甘いの好きじゃないから甘くないやつがいいかな。この磯辺焼きセットにするよ。餅とか正月以来食べてないし」

「いいですね。それも美味しそうですよ。でも、餅って焼くのも食べるのも時間がかかりそうだからすぐに帰るのは難しそうですね。それでは、私はせっかくここに来たんだからパンケーキにしますね。どれも美味しそうだな。悩んじゃいますね」

 確かに、甘いのが苦手な俺でもここのは美味しそうに見えてきた。どの席からも見られるという事は、逆にどの席の様子も見ることが出来るという事なのだ。ざっと見た感じではこの店の中に会社の人間はいないようなので安心したのだが、思っているよりもカップルが少ないような気がするな。

「なあ、この店ってあんまりデート向きじゃないのか?」

「どうしてですか?」

「いや、見てる限りでは女性同士の客の方が多いだろ。カップルに人気ないのかなって思ってさ」

「そうですね。あくまで噂ですけど、デートでここを利用したカップルって大体破局するらしいですよ。私の予想ですけど、この店って従業員が可愛い人多いんでそれに目を取られた彼氏に嫉妬して別れるんじゃないかって思ってるんです。男性的には無意識だとしても、そういう視線って女の子は気付いちゃうんですよ。だから、先輩もデートでこの店を利用する時は気を付けた方がいいですからね」

「お、おう。利用することは無いと思うけど気を付けるよ」

「そう言ってるそばから店員さんの事をチラチラとみるのはやめた方がいいですよ。あんまり印象良くないですから」

「いや、注文を頼もうと思って探してるだけだし」

「ホントですか。でも、注文が決まってるのは先輩だけですからね。私が何を食べるか決める前に呼ぶのはダメですよ」

 目立つ席に居座るのが嫌だから早く食べていこうと言っていたような気がするのだが、注文すら決まっていない問うのは思いもしなかった。この席についてからすでに結構な時間が経過していると思うのだが、こいつは注文を決めるつもりがないのだろうかと思えるくらいメニューを行ったり来たりしているのだ。

「なあ、俺のだけでも先に頼んでいいかな。餅って焼くのに時間がかかりそうだからさ」

「ダメですよ。先輩だけが食べ終わって待たれるのって気まずいじゃないですか。一緒に頼んで一緒に食べ終わりましょうよ」

「別にいいけど、決まりそうか?」

「もうちょっと待ってください。ちなみになんですけど、先輩の好きな数字って何ですか?」

「俺の好きな数字なんて聞いてどうするんだよ」

「いいからいいから、好きな数字を言ってくれるだけでいいですから」

「俺の好きな数字は五だよ。五」

「へえ、そうなんですね。理由は別にいいです。じゃあ、注文しちゃいましょうか」

 注文も決まったという事なので俺は店員さんを呼ぼうと思ったのだが、なぜか店員さんは俺達の席を見ようとはしなかった。落ち着いた雰囲気のこの店で声を張り上げて呼ぶわけにもいかず、俺は店員さんに気付いてもらえるように念じていたのだ。そんな思いは通じるはずもなく、俺はこのまま一生注文できないのだろうかと思い始めていたのだ。

「先輩、先輩。この呼び出しベルを使ってください。そうすれば雰囲気を壊さずに店員さんを呼べますから」

「お、おう。助かるよ。って、これって天使が付いたハンドベルじゃないか。こんなの本当にならさないといけないのか?」

「そう言うもんなんですよ。この席を選んだ人の宿命です。さあ、先輩は出来るだけ上品にこのベルを鳴らしてください」

「わかった、鳴らせばいいんだな」

 俺はなるべく優しく上品にハンドベルを二回鳴らしたのだ。すぐ近くにいた店員さんが俺達に気付いてくれたのだが、それと同時に他の席に座っている客も一斉に俺の方を向いていたのだ。心なしか笑われているような気もしていたのだが、そんな事は気にせずに俺は店員さんに磯辺焼きセットをお願いしたのだ。

「申し訳ございません。磯辺焼きセットは完売してしまいました」

「そうなんですね。じゃあ、先輩は私と同じものにしましょう。もう一回このベルを鳴らして注目されちゃうのはさすがに恥ずかしいですし、いいですよね?」

「ああ、そうしよう。頼むよ」

「じゃあ、このパンケーキ五段セットでトッピングはオール別盛でお願いします。飲み物は私は紅茶にしますけど、先輩はコーヒーでいいですよね?」

「飲み物はコーヒーで良いんだが、五段は多くないか?」

「大丈夫ですよ。ここのはあっさりしてるんで軽く行けちゃいますって。先輩は男性なんだし問題無いですって。美味しいから大丈夫ですって」

 確か、軽く食べてお昼の時間をずらして空いている時間にランチって話だったような気がしているのだが、五段のパンケーキを食べた後にランチなんて入らないような気がするんだよな。でも、会社や飲み会であまり食べているところを見ないこいつが頼めるくらいの五段ならそこまで多くはないのかもしれないな。そう信じることにしよう。

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