第40話 強くなったらしたいこと
俺の部屋。
スキルの1人部屋じゃなくて、2人で住んでいる山田家の部屋である。
「お姉さん強いな」
と白石さんが呟いた。
彼女は俺の勉強机に座っていた。
白石さんはパソコンで動画編集をしている。父親が撮影した動画と白石さん自身が撮影した動画をノートパソコンに読み込んで、見やすいシーンを切り取っているらしい。
「強かった」
と俺は呟いた。
俺はベッドに座っている。
「忍を利用してるだけやったら殺すからね、ってお姉さんに言われてしまったわ」
と白石さんが言った。
「姉弟の仲がええんやな」
「どうやろう? 殺されてしまったけど」と俺が言う。
「死んでみてどうやった?」
と白石さんが尋ねた。
「大したことないわ」
と俺は言った。
それから俺はSNSを見たり、ユーチューブを見たりして時間を潰した。1時間もすると白石さんの編集が終わった。
「編集ってそんなに早く終わるん?」
「テロップ入れたりせいへんから、早いねん」
と彼女が言った。
「それに短い動画やし」
「見せて」
と俺が言う。
俺はお姉ちゃんが戦っている姿を見たかった。
4分ぐらいの動画だった。
しかも姉とのバトルシーンは10秒程度である。
普通に再生しただけでは、姉の速度が速すぎて見えない。
俺が血反吐を吐いて、飛び上がって、爆破しているだけの映像だった。
それをコマ送りにすると姉の動きがわかる。
まずお姉ちゃんは足の筋肉を強化して、俺に近づいて来た。
足が一瞬だけ筋肉強化で膨らんだ。
次は腕がゴリラのように膨らんで、俺のお腹を殴る。
そして、また足の筋肉が膨らみ、俺を蹴ったのだ。
俺が飛び上がると、その状態のままジャンプした。
計4回の攻撃で俺は簡単に死んだ。
安物のオモチャのように俺は脆かった。
「俺、弱いな」
と呟いた。
「お姉さんが強いんやで」
と白石さんが言った。
「お姉さんって幾つ?」
「22歳やったと思う」と俺が言う。
「良かった。年上で」
「なんで?」
「年下やったら、気を使わへんようにする気の使い方をしなアカンから」
「なんやそれ」と俺が笑う。
バトルが終わった後に、このダンジョンが訓練所としていかに秀逸であるかについて姉は語った。
俺がダンジョンの外で蘇り裸になったシーンも撮られている。
3人がダンジョンから上がって来た時に撮影は続いていたらしい。
もちろん俺のチンポコは動画上では見えていない。
「ダーリン、チンポコ大きかったな」
と照れながら白石さんが言った。
「なに言ってんねん」
と俺が言う。
次の日の朝。
「忍って弱いねんな」と姉はトーストを食べながら呟いた。
「お姉ちゃんが強すぎんねん」
と俺が言う。
俺の隣には白石さんがいる。
父親はテレビの前でニュースを見ていた。
ヒマリは学校に行って、母親はパートに行っていない。
「なんで防御に扉を出さんかったん?」
と姉が言う。
1人部屋の扉を防御に使え、と姉は言っているんだろう。
「そんな発想が無かった」
と俺が言う。
「それぐらいは出来るようになってるって思ってたわ」
とガッカリしたように姉が言った。
「そのユニークスキルで、どうやって魔物や魔王を倒すんよ?」
「ダンジョン内で殺した人間のスキルを奪うことができんねん。あの変なキャップも殺人鬼から奪ったスキルやねん」
と俺は言った。
自分のセリフで、あのキャップがダンジョンに奪われていることに気づく。
「オッさん。俺の着ていた服は?」
と俺は尋ねた。
父親がニュースから目も離さず、「ダンジョンに落ちてたから洗濯機に入れた」と言った。
洗濯物を見に行くとグラビデと書かれたキャップが洗われずに置かれていた。
よかった。
でもダンジョンでキャップを付けたまま死んでしまったらスキルも奪われる、ということである。
キャップを1人部屋のスキルに入れて、またリビングに戻った。
「レベルが上がるらしいやん」
と姉がトーストを齧りながら呟いた。
「えっ、なんで知ってるん?」
「今、花ちゃんから聞いた」
「うん」と俺は頷く。
「今、世界が凄いことになってるな」
と父親がテレビを見ながら呟く。
テレビのニュースではSランクダンジョンがバーストして魔物が溢れ出して、たくさんの人が死んでいるというニュースがやっていた。
「そんな才能に恵まれていても今の忍にはBランクダンジョンも攻略でけへんで」
と姉が言った。
テレビの音がうるさい。
俺は立ち上がってリモコンを取って電源を消した。
「見てるのに」
と父親が言う。
「今、お姉ちゃんと大切な話をしてんねん」
と俺が言った。
「お前は世界の誰かが死んでも心を痛めへんのか?」
と父親が言う。
「俺は世界のどこかの誰かよりも隣にいる人の方が大切や」
と俺が言う。
「花ちゃんにメロメロやな」
とお姉ちゃんが言った。
「メロメロちゃうし」
と俺は言う。
「Bランクダンジョンを攻略したいって花ちゃんのためなんやろう?」
お姉ちゃんに話したん? と白石さんにアイコンタクトする。
してない、という意思表示で彼女は首を左右に振った。
「違う。俺が強くなりたいねん」
と俺は言った。
適当に言っただけだった。
「なんで?」
と姉が尋ねる。
「強くなって、……」
強くなって、俺はどうしたい?
適当な答えの理由を俺は考える。
「お金をいっぱい稼いで、家族が誰もダンジョンに入れへんようにしたい」
と俺は言った。
「そこに私も含まれるん?」
と姉が尋ねた。
「含んでもええよ」
と俺は言った。
「ご立派やな」とお姉ちゃんが笑った。
「それじゃあ、そこに花ちゃんは含まれるん?」
「含んでもいいよ」
と俺は言った。
恥ずい。
なんでお姉ちゃんにこんなことを言わなアカンねん。
「含んでもいいじゃないやろう。含ませてくださいよろしくお願いします、やろう」
と姉が楽しそうに言う。
隣の白石さんが顔を真っ赤に染めていた。
「もうええやん。俺、どうやったら強くなるん?」
「レベルが上がるんやったら、とにかくレベルを上げること。ほんで訓練すること。1ヶ月は大阪おるから私が訓練を手伝ったる」
「アカンで」と父親が言う。「これから、あのダンジョンは訓練所として貸しまくるやから」
「営業時間外で私達に貸してくれたらええねん」
と姉が言った。
「お姉ちゃんと訓練は嫌やわ」
と俺が言う。
「いっぱい殺してあげる」
と姉が笑った。
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