第37話 お姉ちゃん

 階段を降りている時から懐かしい声が聞こえていた。


「オネエも運んで」とヒマリの声が聞こえた。


 お姉ちゃんが盆を持ってテーブルに運んでいる。

 そして姉が俺を見た。


「おひさ」

 と明るい声で姉が言った。


「お姉ちゃん」

 と俺は呟いた。

 ショートカットで、セーターを着ている。


「その子が忍の彼女さん?」

 とお姉ちゃんが、俺の後ろにいる白石さんに言う。


「はい」

 と白石さんが返事をする。


 普通に付き合っていることになってるけど、まだ告白もしてない。


「初めまして。忍がいつもお世話になっております」

 と姉が言う。


「私こそお世話になってます」と白石さんが言う。


「めっちゃ可愛いやん」

 とお姉ちゃんが言った。


「そんな事ないです」

 と白石さんが恐縮している。


「こんなしょーもない弟ですけど、よろしくお願いします」

 と姉が言った。


「こちらこそよろしくお願いします」

 と白石さんが言う。


 なんの挨拶やねん。


「ずっと、どこ行ってたんよ?」

 と俺は尋ねた。


「東京」と姉は答えた。


「なんで東京?」

 と俺。


「ダンジョンに決まってるやん。大阪のダンジョンは大したことないから出張に行ってたんや」と姉は答えた。


「アンタ知らんかったん?」

 とキッチンの中から母が尋ねた。


「知らんわ」と俺が言う。


「ええから席に座りや。花ちゃんって言うやっけ? どうぞ席に座って」

 と姉が言う。


「あっ、はい」

 と白石さん。


 俺がいつもの定位置に座った。彼女も俺の横に座った。

 お姉ちゃんは誕生日席に座っている。


「お兄ちゃんは引きこもってたからオネエがどこ行ったか知らんねん」

 とヒマリが言った。


「お姉ちゃんは家出したって誰かが言ってたような気がするんやけど」と俺が言う。


「お父さんちゃん?」とヒマリが言った。「ずっと家出って思ってるの、お父さんだけやもん」


「ちゅーか、お姉ちゃん、ランクなんぼなん?」

 と俺は尋ねた。


「B」と姉が答えた。「もうちょっとでA」


「すごい」と白石さんが言った。

「Aなんて日本で数人ぐらいしかいないんじゃないですか?」


「花ちゃんも冒険者なん?」

 とお姉ちゃんが尋ねた。


「はい」と白石さんが頷く。


「ちょっと待って。話進めんといて。お姉ちゃんてBランクなん?」

 と俺が言う。


「そうや」

 とお姉ちゃんが言う。


「ヒマリ、オッさん呼んで来て」

 と母親が言った。


「はーい」

 とヒマリが元気良く言って、2階に上がって行く。


「ほんじゃあ、大阪のBランクのダンジョンに入ったこともあるん?」と俺が尋ねる。


「あるに決まってるやん。5回も攻略したわ」


「お姉ちゃんが5回も攻略したって聞いた後で、どんなテンションでBランクダンジョンに入ればええねん」

 と俺が言う。


「なに言ってんの? 普通に入ればええやん」と姉が言った。


「それじゃあお姉ちゃん、お金持ってるんちゃうん?」


「……あんまりオトンがおるところで言わんといて」

 と姉が言う。

「オトンが知ったら腐るやろう。子どもが父親を腐らしたらアカンやろう」

 と姉が言う。


「今、家ヤバいんやで?」

 と俺が言う。


「聞いた」


「それじゃあ、ちょっとは助けてや」

 と俺が言う。


「わかってる。これから仕送りするわ」

 と姉が言った。


 父親とヒマリが二階から降りて来た。


「なんや。かえで帰って来たんか?」

 と嬉しそうにオッさんが言った。


「帰って来たよ。おひさ」

 と姉が言う。


「もう、そのノリ何度もやったから、黙って席に座って」

 と母が言いながら、自分の席に座る。


「帰って来たんか、って喜びは一人一人にあるやろう」とオッさんが言う。

 父親が久しぶりに母親にツッコみを入れているのを見た気がする。


「いただきます、するで」と母が言う。


「「「「「「いただきます」」」」」」


 久しぶりに家族が全員揃っての食事だった。

 そこに白石さんもいる。

 盆に乗っているメニューはお好み焼き定食だった。


「あのニュース見たで」

 と姉が言った。

 あのニュースというのは海山のニュースのことだろう。

 俺達が撮影した動画が何度もテレビで放送されていたのだ。


「カッコ良く映ってた?」

 と父親が尋ねた。


 よく、あんな間抜けな姿を見せて、そんな事を聞けるな、と俺は思う。


「カッコ良く映ってたわ。キムタクかって思ったわ」

 と姉が言う。


「嘘つけ」

 と俺が言う。


「お父さんな、キムタクと同い年やねん」

 と父親が言う。


「そんな情報いらんねん」

 と俺が言う。


「ダンジョン作ったみたいやな」

 と姉が言った。


「まぁ、まぁ」

 と父親が言う。


「やめたら?」

 と姉が超ストレートに言った。


「さっきダンジョンに潜って来たけど、アレは酷いわ。あれでダンジョン運営なんて無理。自殺行為やん」

 と姉が言う。


 そう父親は自殺するためにダンジョンを運営していたのだ。


「わかった。やめる」

 と父親は速攻で決断した。

 

 父親はダンジョン運営を辞めたかったんだろう。

 だからストレートに言われて、すぐに頷いてしまったんだろう。


「私にアソコを活用するええ方法があんねん」

 と姉が言った。


「なんなん?」と俺は尋ねた。


「それは内緒やわ。アイデア代を貰わな教えられへん」

 と姉が言う。


「なんで俺がアイデア代を出さなアカンねん」

 と俺が言う。


「絶対に儲かる」

 と姉は言って、手でお金のサインをした。


「儲かるんやったらやるわ」

 と父親が言った。


「だから、あのクソダンジョンをどうしようとしてんねん?」

 と俺が聞く。


「『山田さん家のダンジョン作り』ってクソチューブもやってんねんやろう?」

 と姉が言った。


 クソチューブって侮辱されてますよ?


「やってる。クソみたいなユーチューブ」

 と父親が言う。


「オッさんも自分のユーチューブのことをクソって言うんかい」

 と俺が言った。


「お前はアレがクソじゃないとでも思ってんのか?」

 と父親が言った。


「俺が一番クソやと思ってるわ」

 と俺が言う。


「あれも続けてた方がええ。いい宣伝になるで」

 と姉が言った。


「わかったやる」

 と父親が言う。


「オッさんはお姉ちゃんに言われたことは何でもやるんやな」

 と俺が言う。


「だってお姉ちゃんが言ってくれてんやで」

 と父親が言った。


「どんだけ頼りにしてんねん」

 と俺は言う。


「ごめんな。うるさいよな」

 と俺は白石さんに言った。


 うんうん、と白石さんはニコニコしながら首を横に振った。


「花ちゃんのピンクの髪、綺麗やな」と姉が言う。

「その髪、どこで染めたん? 私も染めようかな?」


「それ、もうやったわ」

 と俺が言った。


 母親がゆっくりと手を上げた。

「お母さんがすでに言いました」


「同じこと言ったらアカンのか」

 と姉が言う。


「アカンに決まってるやん」

 とお母さんが言う。


「相変わらず厳しいな」

 と姉が言った。

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