第34話 しょーもない世界
「富田」
と白石さんが憎しみのこもった声で呟いた。
「私の名前を覚えていてくれたんですね。光栄でございます」
死神が言った。
「お前が何でココに来てん?」
と白石さんが尖った口調で尋ねた。
「私どもはダンジョン協会というモノを作りまして、大阪で新しく作られたダンジョンには加盟していただいているんです。知りませんでしたか?」
「そんなん知るか」と白石さんがキレている。
彼女が敵意を剥き出しにして怒っている姿を見るのは初めてだった。
この死神みたいな男から彼女を守らないといけないっと思って、白石さんの前に俺は立った。
「ダンジョンっていうか、倉庫みたいなモンっすよ?」
と俺が言う。
たぶんダンジョン協会に入ったらアカンやつやわ。
「いやいやいや、ご立派なダンジョンでございます。幹部のアナタ様がいるだけでダンジョンとしては稼働できるでしょう」
「俺がおらんかったら稼働できへんダンジョンは、ダンジョンじゃないやん。それを言うんやったら俺がおったらイオンモールでもダンジョンになるやろう」
「イオンモールはイオンモールでございます」
と富田が言う。
ハラタツ。
例えにツッコむな。
「すみません。今日はたまたま友達が遊びに来ただけで、ココは倉庫なんですわ。魔物もいてませんし」
と俺は言い切った。
「ダンジョン協会に入ると色んな特典が付いて来るんですよ」
と富田は言った。
コイツ俺の話を聞いているのか?
「ランクは習得されましたか? ダンジョン協会に入ればランクの習得、そして昇格は早くできます。Bランクダンジョンである私達がお手伝いしますので。それに冒険者の斡旋もウチはやっているんです。ダンジョンに冒険者が来ないと儲かりませんからね」
「富田。帰れ」
と白石さんが言った。
「サインだけしていただければ、ココもダンジョン協会の一員になれます」
と富田は言って、アイフォンの小さい画面を下にスクロールして契約書のサインのところまで行く。
そしてアイフォンでも書けるペンを俺に差し出した。
「すでに契約書に住所とお名前を私が書かせていただいておりますので、後はサインをするだけでございます」
住所と名前を書く欄があったんだろう。それを富田は勝手に書いたんだろう。
勝手に書いてんちゃうぞ。
「結構です」と俺は突っぱねた。
「ダンジョン協会に入らないと冒険者は来ませんよ?」
「結構です」
「大阪のダンジョンには必ず入ってもらっているんです」
「結構です」
「勿体ない。ダンジョンが、ただの倉庫になっちゃいますよ」
「そもそも、ただの倉庫です」
と俺が言う。
「そうですか。残念です。コチラは私の名刺でございます。いつでもダンジョン協会に入れますので、入りたいと思った際はお電話をお願いします」
男が差し出した名刺を仕方がないので受け取った。
【富田 富田】と書かれている。
下の名前も富田なのか?
名刺に視線を落とした瞬間に男は消えていた。
すぐにアイフォンでググる。手数料が毎月40%も取るとか、ダンジョン協会に入らなかったら冒険者が来ないように嫌がらせをするとか、悪い事ばかりが書かれている。
絶対に入ったらアカンやつや。
「知り合い?」
と俺は白石さんに尋ねた。
ポクリと白石さんが頷いた。
彼女の怒りモードは、まだ解除されていないみたいで眉間に皺が寄ってる。
「アイツはBランクダンジョンの幹部や」と彼女が答えた。
「Bランクダンジョン」
と俺は呟く。
Bランクダンジョンは大阪に1つしかない。つまり大阪で最強のダンジョンである。Cランクは100ぐらいある。だからBとCではレベルがかけ離れているのだろう。
「なんでBランクダンジョンがこんな事をしてんねん」
「ダーリンは知らんと思うけど、成功したダンジョンは色んな商売をしてんねん」
「宗教法人みたいに?」と俺は尋ねた。
「宗教法人が色んな商売しているか私は知らんけど」と白石さんが言う。
「ダンジョンって、どれだけお金を稼いでるか不明やろう? だから、それを商売に回してるって聞いたことがある」
「でも冒険者が落とす装備って大したことないやん。ダンジョン運営なんて儲からんやん」
「あるアイテムを使って寿命の売買ができるねん」と白石さんが言った。
「そんなことしたら貧乏な人間から、全部金持ちのところへ寿命が流れるやん」
「流れてるよ。私達みたいな底辺冒険者の寿命は短くなってる。その代わりお金持ちの寿命は長くなってる」
「しょーもない世界やな」
金持ちは命まで買える世界。
しょーもな。
「お父さんもお母さんも」
と彼女が言った。
「ちょっと待って。過去の回想に入ろうとしてる?」
と俺は尋ねた。
「あっ、ごめん。この話はエグいからダーリンにする気はなかったんやわ」
「してくれてええんやけど、寒いから家の中に入ろう」
と俺は言った。
そしてガラス戸から家の中に入る。
「家の中も寒いな」
と俺が言う。
「ベッドの中でダーリンのこと温めたる」
と白石さんが言って、俺の手を握った。
そして彼女に手を引っ張られて上の階へ。
部屋に入る前に両親の寝室を覗く。オッさんがダブルベッドに寝っ転がってアイフォンでYouTubeを見ていた。
「寿命取り返してあげたで」と俺はオッさんに声をかけた。父親は手首を見ていた。
「ありがとう」とオッさんが言った時には俺達は部屋に入っていた。だからオッさんの声は隣町のお祭りの音のように遠かった。
「おいで」
ベッドに先に入った白石さんは、掛け布団を広げて俺を誘った。
とても暖かそうである。
「お邪魔します」と俺は言って、ベッドに入った。
白石さんの甘い匂い。柔らかい体。吐息が暖かい。
冷え切った足を彼女が俺の足に絡めてきた。
「足、冷たっ」
と俺は言った。
クスクス、と白石さんが笑った。
「それじゃあ昔の話していい?」と白石さんが言った。
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