第31話 ライ麦畑でつかまえて

 『ライ麦畑でつかまえて』の主人公であるホールデン・コールフィールドはツバの長い帽子をかぶって「チェ、チェ」と舌打ちしていたイメージがある。

 あの小説が面白いか俺にはわからん。たぶん2度と読み直さないだろう。

 

 俺はグラビデとカタカナで大きい文字が書かれたキャップを被り、ダンジョンの王座っぽい椅子に座っていた。


 ダンジョンに父親はいない。もう一ヶ月もオッさんはダンジョンに降りていなかった。このままオッさんはダンジョンに入らないつもりだろうか?

 トレントの赤ちゃんと遊んで時間を浪費するつもりだろうか?

 それじゃあお金は稼げないことをオッさんは知らないんだろうか?


「チェ」と俺は舌打ちした。

 キャップのツバは全然長くないけど、ホールデンのように俺は何度も何度もチェと舌打ちした。


 父親なんだからちゃんと働けよ。大黒柱の座を俺に譲ってんちゃうぞ。俺だって福ちゃんのように北花田から出たい。こんなしょーもない街から出たい。


「チェ」と俺は舌打ちした。

 でも俺は北花田から出ないんだろう。

 家族がいる。それに白石さんだっている。

「チェ」

 と俺は舌打ちした。


 お姉ちゃんはズルいな、と俺は思った。

 俺はお姉ちゃんの気持ちもわかった。

 家族に搾取される。それが嫌で嫌で仕方がなかったんだろう。

 冒険者なんだからココから出て自由になりたい。


 チェ、チェ、チェ。

 俺は何度も何度も舌打ちをする。


 でも俺は思うのだ。

 家族ぐらい搾取されてもええやん。

 家族が生きて行くためなんやから。


 俺がハラタツのは、家族じゃないしょーもない奴が搾取しに来ることである。

 別にコチラから関わりに行っている訳じゃない。

 なのに俺達のことを弱いと思って、わざわざ搾取しに来るしょーもない奴等がいるのだ。




 10分前に遡る。

 家のチャイムが鳴った。

 インターホンの映像で、俺達のことをイジメていたヤンキー3人組であることを確認した。


 たまたま俺達は休暇を取っていた。本当にたまたまである。ヤンキー3人組が来ることは知っていたけど、いつ来るかは知らなかった。そんな奴等のために俺達のスケジュールは崩さない。だから俺達が家にいたのは、本当にたまたまだった。


 やったぜ、復讐してやるぜ、みたいな気持ちは正直無かった。少しの邪魔臭さと苛立ちを感じた。学校を辞めて関わりも無いのに、わざわざ搾取するためにコイツ等は来たのだ。

 ヤッターマンの悪者が最後に『おしおきだべ〜』とやられるように、俺は彼等を懲らしめなくちゃいけなかった。そうじゃないとコイツ等は何度も何度もやって来るだろう。


「白石さん、コイツ等が言ってた例の3人組」

 と俺はインターホンの映像を見せた。


 彼女には、ちょっと嘘を交えて語っていた。わしイジメられてましてん、と女性に馬鹿正直には言わない。友達のことをイジメていた3人組が父親の寿命を搾取しに来るから返り討ちにしたい、みたいなニュアンスで俺は彼女に語っていた。


「オケー」と白石さんは軽いノリで言った。

「この子達から入場料を取って、ダンジョンに入れたらええんやな」


「頼むわ」

 と俺が言う。


 オッさんは寒いのに縁側に座って、トレントと戯れていた。

「オッさん」

 と俺はガラス戸を開けて、父親に呼びかけた。

「これからダンジョンにお客さんが来るから家の中で隠れときや」


「おぉ」

 と弱々しく父親が言って、トレントを肩に乗せて立ち上がった。

 なにが「おぉ」やねん。お前が作ったダンジョンやろう? 魔王としてダンジョンの中に入れ、と俺は思ったけど、口に出して言わなかった。


 そして俺はダンジョンに入り、グラビデと書かれたキャップを被って王座に座ったのだ。

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