第30話 受刑者

 福ちゃんにダイヤモンドシティーに呼ばれた。ダイヤモンドシティというのは駅前のショッピングモールの事である。


 福ちゃんは小学生からの同級生だった。彼は高校で変なヤンキーに目を付けられてイジメられていた。

 それを俺が助けて、逆にイジメられることになった。

 それでも俺は福ちゃんに対してムカついたりしなかった。


 福ちゃんが命令されて俺を殴っている時も福ちゃんの方が嫌やろうな、と思っていたぐらいである。


 それに福ちゃんは俺を殴る時だって、顔は本気だけど実際は強く俺のことを殴らなかった。ヤンキーに殴っているように見える演技をしているだけだった。

 だから俺は福ちゃんを始めから許す、っというか、そもそも憎しみを抱いていない。彼の罪は弱いだけである。弱いことが罪になるなら、世の中のほとんどの人が罪人である。


 そして俺も罪人だった。俺も同じように弱い側の人間だから福ちゃんの気持ちは痛いほどわかっていた。


 ダイヤモンドシティーにある紀伊国屋のラノベコーナーで福ちゃんは俺のことを待っていた。

「よぉ」と俺が言うと福ちゃんがビクッとなった。

 そんな怯えんでもええのに。


「なんかいい小説あった?」

 と俺は尋ねた。


「わからんけど、このVチューバー系の小説って最近流行ってるんかな? 読んでみようかな?」

 と福ちゃん。


「どうやろう? まだ俺も読んだことないな」

 と俺が言う。


「ごめんな」

 と福ちゃんが言った。


「ええよ」と俺が言う。


「ホンマにごめん」


「ええよ」と俺が言って、ライトノベルに手を伸ばした。


「嫌やったやろう?」


「全然」と俺は笑った。「福ちゃん、殴るフリしてただけやん」


「俺……、山田の味方でいたかったのに」


「ええよ」


「もう俺も学校辞めるねん」

 と福ちゃんが言った。


「何するん?」

 と俺は尋ねた。

 辞めて何をするん? という質問である。

 言葉が抜けるのは、親しいからである。


「とにかく北花田から出たい。ココから遠く離れて、もう2度と帰って来うへんねん。ほんで標準語を喋って、生まれた時から関東出身ですって顔で生きんねん」

 と福ちゃんが言った。


「それ最高やな」

 と俺は言った。


 本当に、そんな事が出来れば最高である。


「北花田には紀伊国屋しかええとこ無いしな」

 と俺は言った。


「俺、負けてばっかりや」

 と福ちゃんは言った。


「スマブラで俺に勝ったことあるやろう」

 と俺が言う。

 そんな事を言っているんじゃないことぐらい俺も知っている。


「山田、スマブラ弱いもん」

 と福ちゃん。

「そんなこと言ってんちゃうねん。中学の時から、ずっと暴力に支配されてる」

 と福ちゃんが言った。


「ヤンキーが多い中学校やったからな」

 俺達が通っていた中学校は1学年に6クラスあって、1クラスに6人ぐらいのヤンキーがいた。3学年あるから18クラス×6人で相当な人数のヤンキーがいたのだ。


「ラノベでボッチとかインキャって言葉を知った時、衝撃的やったわ」

 と福ちゃんが言った。

「俺等ってボッチになったら殴られてたし、ヤンキー以外は学校で陽気に笑うこともでけへんやん。ボッチもインキャもええ環境やから生まれるんやで。俺達はそれ以下や。俺達はボッチでもインキャでもない。受刑者や」


 真剣に言う福ちゃんが面白くて、俺は笑う。


「受刑者wwww」


「笑うなよ。これマジやねんで」


「わかってる。俺達は冤罪で刑務所ちゅうがっこうの中に入ってもんなwwww」


「高校もよう変わらん」

 と福ちゃんが言った。


「wwwww」


「中学校の時に勉強できるような環境じゃなかったやろう? でもココから抜け出したいと思ってた奴は、やっぱりちゃんと勉強してたんやで。俺達はそれがでけへんかった。だから受刑者のままや。罪は弱いこととアホなことや」


「wwwww」


「めっちゃ笑うやん」と福ちゃんが言う。


「ほんじゃあ強くなったらええやん。勉強したらええやん」


「学校辞めて勉強する。死ぬほど勉強したる。ほんで、こんなしょーもないところから出て行ったる」

 と福ちゃんが言った。

 

 学校を辞めて、と福ちゃんは言った。学校は勉強しに行く場所である事を俺達は知らなかったのだ。


 ポクリ、と俺は頷いた。


「そう言えば」と俺は言った。「あの中学校も放課後に進学のための勉強会みたいなことをしてるらしいで」


「どうでもええわ」

 と福ちゃんが言った。


「もうヤンキーも少ないらしいわ」

 と俺が言う。


「俺達の代でヤンキーの出現率が減ったんか」

 と福ちゃんが言った。


「色違いのヤンキーも結構おったのにな」

 と俺が言う。


「色違いって! ポケモンかwww」

 と福ちゃんがツッコむ。


 2人でケラケラと笑い合った。

 もう普通の友達に戻っていた。



「話変わるけど海山かなりエグいな」

 と福ちゃんが言う。


「学校にも記者が来てるん?」

 と俺は尋ねた。


「めっちゃ来てる。山田ん家も、よう取材に来てるやろう?」


「おかげさまで」と俺が言う。「オッさんがやってるしょーもないユーチューブの動画がバズりまくってテレビにも使われとるわ」

 3本上げた海山の動画はどれも500万再生以上である。

 チャンネル登録者も2万人も増えて、白石さんと俺も加わってチャンネルを盛り上げていこうみたいな話もするぐらいである。

 

 だけど妹が殺されかけたことを知って、父親は今だに凹んでいる。ダンジョンも開けてないし、YouTubeもやっていない。


 今がチャンスだから勿体ないと思う。

 だけど父親は、ヒマリが殺されかけたのは自分がダンジョンを運営しているせいだ思って凹んでいる。


 自分のせいで娘が死にかけた、と父親は思っているのだ。


 そんな事を言い出したら俺にも責任がある。あんな奴が働く学校に行かなければ良かったのだ。少し勉強すれば回避できた事だった。だけど海山がシリアスキラーと知らなかった。しかも海山が担任の先生になったのもたまたまなのである。


 たまたまシリアスキラーと出会って、たまたまダンジョン運営をしていたから、シリアスキラーが俺達を餌食にしてきた。

 全て海山が悪いはずなのに、父親は家族を危険に晒したことに責任を感じていた。


「まさか海山の家から白骨遺体が3体も出て来るとは思わんかったな」

 と福ちゃんが言った。


 海山は死体を自分の家の庭に埋めていたのだ。しかも3人も。


「逃亡して、まだ捕まってへんらしいな。海山マジでヤバい奴やな」

 と福ちゃんが言った。

「どこに隠れてるんやろうな?」


「ダンジョンに隠れてるんちゃうか、って言われてるな」

 と俺が言う。

「ハラタツことにアイツCランク冒険者やねんで。ウチは最低ランクのダンジョンやから海山は入る資格が無いねん。それやのに入って来とんねん」


 ちなみにランク1つ上と1つ下しか単独では入れない。

 パーティーになればバーティーの平均値の1つ上と1つ下しか入れない。


「山田も冒険者なんやろう? ランクなんぼよ?」


「C」と俺は答えた。

 1カ月前に海山が逮捕されて逃亡してから毎日のように白石さんと2人でダンジョンに潜っていた。

 潜るたびに、かならず魔王戦で勝利した。


俺は福ちゃんに手首に書かれた【+15】の文字を見せた。


「すごいな」と福ちゃんが言う。


「大したことないで」と俺は言った。

 白石さんの寿命も少しは取り戻せているのだ。


「そんなに強かったんか」と福ちゃんは驚いていた。


「大したことないで」と俺が言う。


「あの3人が山田家のダンジョンに、また行こうとしてることを伝えに来たんやけど」と福ちゃんが言う。


 あの3人と言うのは、俺達のことをイジメていたヤンキーのことだろう。


「教えてくれて、ありがとう」

 と俺はニヤリと笑った。


「アイツ等、Gランクやから別に気にかけんでもええよ」と福ちゃんが言う。


「何言ってんねん。俺と福ちゃんを退学に追い込んだ3人やで。福ちゃんの分まで復讐するに決まってるやん」


「そうか。頼む」と福ちゃんが言って笑った。そして1冊のラノベを手に取った。


「それ買うん?」と俺は尋ねた。

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