第29話 ざまぁやんけ
ヒマリに手を出すな。
身体中が一気に熱くなったのがわかった。
全裸中年男は妹の首を絞めていた。
ヒマリは必死に海山から逃れようとしてジタバタと両腕を動かしている。
妹は顔を真っ赤にさせて目から血が飛び出しそうだった。
苛立ちとか、そんなレベルの話じゃなかった。
妹に手を出す奴は俺が倒す。
何も考えずに俺は妹を助けるために走っていた。
「ゴミの方から近づいて来るとはな。お前はホンマにアホやな。俺のスキル忘れたんか?」
俺は走った。
関係あらへん。
「その手を離せ」
海山が何かに困惑している。
「あれ? スキルが出えへん」
と全裸中年男性が呟いた。
俺は海山の目の前まで迫っていた。
そして拳を強く握り、全裸中年男性に全力でグーパンチ。
なぜかはわからないけど海山はスキルを使わなかった。
いや、使えなかったのか?
もしかして魔力切れ?
俺のグーパンチで海山が吹っ飛んだ。
全裸中年男性がヒマリの首を離す。
妹は地面に転がって咳き込んだ。
「大丈夫か? ヒマリ」
と俺は膝をついて、彼女の背中を撫でながら尋ねた。
「お兄ちゃん」
と妹の泣きそうな声。
海山は壁にぶつかって倒れている。白目は向いているし、鼻はねじ曲がって血が出ている。
「アイツ、殺すわ」
と俺は言った。
「アカン」と妹が言って俺の腕を掴んだ。
「お兄ちゃんが人殺しになってまう」
遠くの方でパトカーのサイレンが聞こえた。
「ダンジョンに入る前に警察呼んどいたよ」と白石さんが言った。
「そっか」と俺は呟いた。
俺が彼女に頼んだのだ。
本当に俺は海山を殺すつもりだった。
それから警察の人が来て海山が気絶しているから救急車も呼ばれる。
その間に俺達は事情聴取を取られた。証拠はバッチリ残っている。海山が勝手に家に入って来て父親を引きずってダンジョンに連れて行く動画。そして妹の首を絞めている動画。
ヒマリも変な奴が家におる、と思ってテールブの上に置いていたアイフォン(俺のアイフォン)で咄嗟に動画を録画したらしく、狂った海山の行動が撮影されていた。
その動画は警察官のアイフォンにエアードロップした。
俺は警察官に事情聴取されながら、この動画を投稿したらバズるんじゃないか? と思っていた。
ダンジョンにカメラを置いて、冒険者と戦っている動画も投稿したらいいんじゃないか? そんな事も考えていた。
事情聴取の途中だったけどダンジョンで父親が死にかけていることを説明して、オッさんにポーションを渡しに行く。
オッさんも復活して、警察官にオッさんも事情聴取をされた。
そして救急車がやって来た。
その頃には海山の意識が戻っていた。もちろん手錠はかけられている。
「私はただの冒険者なんです。ダンジョンで殺された後に彼に殴られたんです」
と海山が自分の身を庇う嘘をついて、俺を指差した。
だけど30代後半の警察官が、「はいはい」と言う顔をしていた。
「海山さん」と警察官が言う。「アナタがただの冒険者じゃないことぐらい私達は知っているんですよ」
プレイヤーキラーである事を警察官は知っている口振りだった。
「私はただの冒険者です」
と海山が言う。
動画という状況証拠が残っていることを海山は知らないのだ。
「話は治療が終わった後で署で伺います」
と警察官は言った。
「覚えとけよ」と海山が言った。
「俺のスキルは最強や。お前なんて、いくら強くなっても……」
その続きを海山は言わなかった。
警察官の前でヤバそうな事を口にしそうになったんだろう。
そして海山は救急車で運ばれた。
海山が去った後も事情聴取や、現場のアレコレとかが続く。
母親が家に帰って来て困惑していた。
家の中もめちゃめちゃで、「なんやの? なんやの?」と言いながら頭を抱えていた。
不幸中の幸いでヒマリには怪我がなかった。
白石さんと俺は擦り傷が何箇所かある程度だった。
父親はポーションのおかげで寿命も奪われずに完全復活していた。
落ち着いたのは夕方で、もうご飯を作るのは邪魔臭いから晩御飯はボンカレーになった。
ご飯を食べて自室に白石さんと戻った。
2人でベッドに座る。
「ごめん」と俺は言った。
「今日はホンマにごめん」
「ええよ」
と彼女がニッコリと笑った。
「プレイヤーキラーも倒せたし」
「ダンジョンでアイツに出会ったら確実に次は殺されるやろうな」
「ダンジョン入りにくいな」
と彼女が笑った。
「殺人未遂ってどれぐらいの罪になるんかな?」
と俺は尋ねた。
「わからん」と彼女が言った。
「確実に学校の先生はクビやろうな」
と俺が言う。
「えっ、あんな奴が学校の先生やったん?」
と白石さんが驚いている。
海山はこれから冒険者一本でやって行くことになるだろう。だからダンジョンで出会う確率も爆上がりするだろう。
強敵を倒したのに、気持ちが晴れないのはソコだった。
「強くならなアカンわ」
と俺は呟いた。
「白石さんを守れるぐらいに、家族を守れるぐらいに強くならなアカンわ」
「私のことも守ってくれるん?」
「当たり前やん」
と俺が言った。
彼女が俺の手を握った。
「嬉しい」と白石さんが言った。
「顔に傷ができてもうたな」
と俺が白石さんの頬を触りながら言った。
「コレぐらい大したことないよ」
と白石さんが言う。
「そろそろスキル使用できるかな?」
俺は1人部屋の扉を出そうとした。
だけど、まだスキルは使用不可だった。
「こういう事もあるんやから、あんまりスキルは普段使いしたらアカンよ」と白石さんが言った。
わかってる、と俺は言ったけど、彼女の傷ぐらいは治してあげたい。
それから2時間後にスキルが使用できるようになった。
俺は1人部屋の扉を出現させた。
「傷、治そう」
と俺は言って、彼女の腕を引っ張って1人部屋に入った。
入った瞬間に見覚えのない物が部屋に置かれていた。
ポールハンガーである。
木のように枝が幾つもついている棒である。
そこにキャップの帽子が1つだけ掛けられていた。
「なんやコレ?」
と俺は言いながらキャップを取った。
キャップにはカタカナで大きく【グラビデ】と書かれている。
「なんなんそれ?」
と白石さん。
俺は首を捻った。
そしてノートを確認する。
『ダンジョン内でプレイヤーを殺しました。条件をクリアーしたのでポールハンガーが使えるようになりました』
と書かれている。
レベルが上がる以外にも、条件をクリアーしたことで家具が現れるらしい。
そして、その次の文を見て俺は笑った。
『殺したプレイヤーのスキルを奪いました。グラビデのキャップが使えるようになりました』
海山が妹の首を絞めていた時のことを思い出す。
俺が近づいた時に、海山はなぜかスキルを使用出来なかった。
魔力切れ、と思っていたけど、そういう事じゃなかったらしい。
あのヤバい中年男性は、俺にスキルを奪われていたのだ。
「殺したプレイヤーのスキルを奪いました」
と白石さんがノートの文字を読み上げた。
ハハハハハハ、と俺は笑い転げる。
「なんで、そんなに笑ってんのよ?」
と白石さんが尋ねた。
「アイツ、俺とダンジョンで出会ったら、確実に俺を殺すつもりでおるねん。自分のチートスキルに自信があるみたいやったわ。なのに、なのに、俺にスキルを奪われてもうてるやんけ」
俺は可笑しくて仕方がない。
「ヒマリを助けた時に海山のアホはスキルを使われへんかったみたいやけど、魔力切れじゃなくて、そもそもスキルが無くなっとるねん」
俺は床を叩いて笑った。
白石さんも笑い始める。
「ざぁまやんけ」
と俺は笑い転げながら言った。
もう海山は学校の先生になることも、冒険者になることも出来ないだろう。
ダンジョンには入れるけど一般人が通用するほどダンジョンは甘くない。
これから海山は、ただの頭のオカシイ奴として生きていくしかないのだ。
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