第27話 VS中年ヤバ男
ダンジョンに降りると血の匂いがした。
鉄の匂いのような、何とも言えない独特な匂い。
恐怖でチンチンが縮んだ。
足だって踵にバネが入っているかのように不安定になる。
体育館のように広いダンジョンの中。
その中心に父親と海山がいた。
オッさんはダンゴムシのように地面に寝転んで体を丸めていた。
たぶんスキルで動けなくさせているんだろう。
海山は背中の大きな剣は使わず、小さいナイフで父親の横腹を刺していた。
小さいナイフはオッさんの大きなお腹に入る。だけど死ねるほどの致命傷では無い。
だから父親は何度も小さなナイフで横腹を刺され、そのたびに絶望するぐらいの痛みに耐えていた。
吐きそうだった。
気分が悪い。
オッさんは何度も何度も、こんな風に苦しめられて殺されていたのだ。
「人を刺す感触が堪らん。堪らん」
ブスブスブス、と海山が小さなナイフでオッさんの横腹を刺す。
プレイヤーキラーには近づけない。近づいたらグラビデの餌食になってしまう。
海山はオッさんのお腹にナイフを刺すことに夢中になりすぎて、まだコチラに気づいていなかった。
俺はリュックを背負って来ていた。家にあるボールを掻き集めて来たのだ。
そして俺の手にはボールが握られていた。
父親を助けたかった。
もう痛い思いをさせたくなかった。
ボールを握る拳に力が入る。
小学生の頃にやっていた野球。人差し指と中指と親指でボールを握り直した。
お父さんは俺にダンジョンに付いて来るな、と言った。俺に長生きしてほしい、と言った。俺は父親の庇護下にいて、あんなに弱い父親に守られている。
たぶん俺は父親の事が好きなんだと思う。
お父さんが傷つけられて苦しんでいる顔を俺は見ていられなかった。
マウンドに立つピッチャーのように俺はボールを投げた。
レベルが上がり、筋力も上がった俺のボールはメジャーリーガーも驚くようなスピードで飛んで行く。
だけどボールは中年ヤバ男をカスって、遠くに飛んで行ってしまった。
ガーン。
目がギンギンのプレイヤーキラーがコチラを向いた。
殺される、と思った。
「よう来たな」
と海山の頭がイかれてどうかしているぜ中年男が言った。
「嬉しいわ。山田も殺せるんか。先生嬉しすぎて勃起しそうやわ」
急に下ネタをブッ込まれた。
発言もキモすぎ。
「忍。来るな。逃げろ」
死にそうな声で父親が叫んだ。
俺はリュックからボールを取り出す。
早くしなくちゃ。早くしなくちゃ。
海山が獲物を見つけた笑顔でコチラに歩いて歩いて来ている。歩き方もスキップしているように見えた。
当たってくれ、当たってくれなくちゃ俺が死ぬ。そんな願いを込めて俺はボールを投げた。
スポーツカーよりも早い速度で投げられたボールが海山に向かって行く。
そして中年ヤバ男の目の前までやって来た。だけどボールが地面に吸い込まれるように落ちた。
髪の毛が全て落ちてしまったような絶望。
コイツには投げたボールは当たらんのか?
いや、でも初めて投げたボールはカスったよな?
俺は慌てながら、もう1球ボールを投げた。だけど結果は同じだった。中年ヤバ男に当たる前にボールは地面に落ちてしまった。
認識されたらスキルを使われる。スキルを使われたら海山にボールは当たらない。
スキルを使われないように死角から狙うしかないのか?
このダンジョンに死角無し。
薄ら寒い笑顔で海山がコチラに向かって来ていた。
「逃げろ」と父親の叫び声が聞こえた。
後ろを振り返った。
後ろにはダンジョンから出る階段があった。
でも俺は階段を上らなかった。
オッさんが苦しめられているのだ。
家族が苦しめられていて逃げることなんて出来ない。
勝てる見込みなんて、もう1ミリも無い。
だけど俺はダンジョンの中を海山に捕まらないように走った。
クソ。
クソ。
俺弱いやんけ。
自分だけレベルが上がるから強いと思っていた。
素手で魔物を倒せるから強いと思っていた。
なのに俺は弱かった。
「逃げんなよ。先生がお前に恐怖を教えたるわ」
とブツブツと言いながら海山が歩いて来る。
俺は走っているのに、歩いている海山に追い込まれて行く。
何個もボールを投げたせいで、リュックの中は空っぽになっていた。
ボールを持って来た意味もないやんけ。
殺される。
父親はこんな恐怖を何度も何度も繰り返していたんだ。
白石さんも殺される恐怖を何度も繰り返して来たんだ。
もしかして殺される事って慣れるのか?
そんな訳がない。
殺されるって痛いのだ。
だって父親は今も地面に転がりながら、地球が滅んだかのように絶望している。
俺はダンジョンの中を走って走って走って走って、ついに海山のスキルの許容範囲に入ってしまった。
体はマツコデラックスに乗られたように重たくて、1ミリも動かない。
海山は俺が動けないことがわかると高笑いをした。
本当に楽しそうに笑っていた。
「お前は可哀想な奴やな」
と中年ヤバ男が言った。
「友達を守ったら学校ではイジメられて退学するはめになって。退学しても冒険者になるしかない。それと父親はこんなクソみたいなダンジョンしか作ることがでけへん」
海山が俺を見る。
両目が空洞になっているような瞳だった。
「ホンマに可哀想やな。ほんで父親が作ったクソダンジョンで元担任の先生から苦しめられて殺されるんやもんな。可哀想すぎる。意味がわからんぐらいに可哀想すぎる。皮を剥いで、舌を切って、爪も全部剥がしてあげようか? 可哀想に。ココから死を願う時間がやって来るねんで。ホンマに可哀想に」
小便が漏れそう。
3年B組金玉先生が奥に引っ込んでいく。
目に見えないマツコデラックスに乗られているせいで動けない。
先生がジャージのポケットから血に染まった小さいナイフを取り出した。
俺の着ていた服がナイフで切られていく。
「イジメられっ子のくせに、ええ体してるやないか。部活でもやった方が良かったんちゃうか?」
黙れ、と思った。
思うだけで口には出さない。
「それじゃあ背中の皮から剥いでいきまーす」
と海山が言った。
体の水分が一気に足に向かっていくような気がした。
背中に冷たい刃物の感触がする。
「忍」と父親の声が聞こえた。
その声と同時に、俺の体の上に乗っていた透明なマツコデラックスが退いた。
急に体が軽くなって顔を上げた。
「お前は逃げろ」
と父親が顔を歪ませながら叫んだ。
お父さんは血まみれの体で、海山に乗っかっていた。
背中に冷たい感触が残っている。
あと、もう少しで俺は皮を剥がれていたのだ。
心は父親を助けたいと思っているのに、体が海山から遠ざかるために走っていた。
父親は一本背負いで投げ飛ばされた。
100キロの巨漢が投げられ、ある場所でオッさんの飛ばされた勢いは無くなって地面に倒れた。
グラビデ。重力を操るスキル。
重たくすることも、軽くすることもできるんだろう。
「わかりました。先にお父さんの方を殺しましょう」
海山は言って、背中に背負っていた大剣を取り出した。
そして大剣を振り上げた。
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