第26話 プレイヤーキラー

 海山は黒のジャージ姿で、大ドラゴンの牙を削って作ったような無粋の剣を背負っていた。


「よぉ」

 と海山の早く死んでくれ先生が言った。

 いや、もう俺の先生じゃない。

 ただのムカつく中年男性である。


「なんですか?」

 と俺は尋ねた。


「なんですかやあらへんやろう。お客さんやで。接客態度がなってへんのちゃうか?」

 と中年のバカが言う。


「お客さんやと思ってません。お引き取りください」

 と俺は言った。


 頭の中ではグルグルと考えが巡っていた。

 今、俺はスキルを使えない。使えないってことはベッドを使って回復できないってことである。


 目の前の世界で一番気持ち悪い物体が、どれほどの強さか俺は知らない。知らないのにスキル無しで挑むのは自殺行為である。とにかく今はやりたくない。

 やりたくないから帰ってほしかった。


「お客さんやと思ってへん?」

 ジャージを着ただけのウンコが眉間に皺を寄せて言った。

「お父さんおるか?」


「今は外出中です。だからダンジョンに入っても、ただの倉庫ですわ」

 と俺は言った。


 ほな帰らして貰うわ、という言葉を期待した。


「山田」と気持ち悪い男は溜息を付いた。

「お前学校辞めて社会人になったんやで。もう立派な大人やで。先生はお客さんや。そんな喋り方はおかしいぞ」


「何を言ってるんですか? だから先生のことをお客さんやと思ってないです。ウチに来たのも父親の寿命を奪うためでしょ? そんな奴のことをお客さんじゃなくて、何て言うか知ってますか?」


「招かれざる客か?」

 とアホが言う。


 だから客じゃないって言ってんねん。

 コイツはホンマに先生なんか? 

 答えは間違ってはいないけどアンサーに客って付けるなアホンダラー。


「ゴミクズとっとと帰れクソ野郎、って言うんです」

 と俺が言う。


「なに言っとんねんお前」

 顔を真っ赤にさせて海山が言う。


「お前はニクソイからイジメられたりするんじゃ」

 顔面を真っ赤にして海山が叫んだ。


「帰ってください」と俺は冷静に言った。


「お父さん」と海山が大声を出した。「いてるんでしょ? お父さん。わかってますよ。ガラス越しに見えてますよ」


 海山が靴のまま家に上がって来ようとする。


「ちょっと何してるんですか?」

 と俺は止めようとした。


 だけど体が急に子泣きジジィに乗られたように重たくなって、廊下に俺は倒れた。

 海山が土足で家に入った。


「お父さん」と大声でヤバい中年男性が叫んでいる。

 そしてリビングに入って行った。


 海山から離れると俺の体が軽くなった。

 なんやこれ?

 もしかして中年キモ男はスキルを使ったんか? もちろんダンジョンの外で人に対してスキルを使用して危害を与えるのは法律で禁止されている。

 そのルールを簡単に敗れる男。

 背筋に悪寒が走った。

 海山は父親が死ぬまで寿命を奪うつもりだろう。


「やっぱりおるじゃないですかお父さん」

 リビングに入った海山の声が聞こえた。

「早くダンジョンに入りましょう」


「もうやめてください」

 と父親の声がした。


「お金に困ってるんでしょ? 入場料を支払いますんで、早くダンジョンに入りましょう」

 と海山の声がする。


 俺はリビングに向かった。

 海山は父親の胸倉を掴んで、100キロの巨漢を引きずっていた。

 俺はアイフォンで証拠の動画を撮影した。手がガタガタと震えて画面が揺れる。


 白石さんが、海山に向かって手のひらを向けた。オッさんを助けるためにサンダーを出そうとしている。

 白石さんがいてくれて良かった。彼女のスキルなら中年のヤバい奴を止めることができるだろう、と思った。

 だけど彼女のサンダーが海山に当たることはなかった。


 ガシャン、と椅子が潰れて白石さんは土下座をするように倒れた。


 よくわからんスキルを海山が出したのだ。


「俺以外の家族に手を出すな」

 と胸倉を掴まれている、父親が叫んだ。


 昨日来たばかりの白石さんが攻撃されて、父親は顔を真っ赤にして怒っていた。白石さんの事を家族として受け入れるのが早くないか? っと思ったけど、引っ越して来たのが白石さんじゃなくても、父親は同じように怒っていただろう。


「ダンジョンの入場は許可したる。だから絶対に俺以外の家族に手を出すな」と父親が言った。


「弱いくせにカッコ付けないでくださいよ。山田のお父さん」

 と海山が言った。


 海山がガラス戸を開けて、父親をダンジョンに向かって引きずって行く。


 俺は父親を追いかけた。


「忍。付いて来るな」と父親が叫んだ。

「コレはお父さんの仕事やで」


 海山がコチラを見た。

 見た事もない人間の目だった。

 殺すことが楽しくて楽しくて仕方がなくて、早くダンジョンに入りたくて堪らないような目だった。


「山田も付いて来るんか?」と中年キモ男が尋ねた。


「付いて来るな忍」とオッさんが叫んだ。


「ええで。お前も殺したる」と海山が言った。


 ダンスを踊るように足が震えた。

 父親はコイツに何度も何度も殺されて来たんだ。


「息子に手は出すな」とオッさんが言った。


「まだ山田は、父親に守られてるんか?」

 気持ち悪い笑みを浮かべて海山が言った。


 俺は強くなったつもりなのに、弱い父親に守られている。


「コレ」と父親が言って、丸められた茶色い紙を俺に投げた。

「それで花ちゃんとデートに行って来なさい」と父親が言った。


 丸められた茶色い紙を拾うと一万円札だった。入場料で海山に握らされたモノなんだろう。こんなモノで海山は俺の父親の寿命を奪おうとしている。


「山田も来い。先生が殺したる」と海山が言った。


「そんなこと、させるか! 忍。早くどっか行きなさい」


 震える足を動かして、俺はリビングに戻った。


「イキっていたくせに戦うこともせいへんのか?」と海山が呆れたように言った。


 そして中年のヤバい男は父親を引きずってダンジョンに向かって行く。

 そして2人がダンジョンの中に消えた。



 俺はテーブルに皺くちゃになった一万円札とアイフォンを置いた。


「なんでアイツがココにおるんよ?」とブルブルと震えながら白石さんが言った。


「海山のこと知ってんの?」と俺は驚きながら尋ねた。


「有名なプレイヤーキラーや」と彼女が言う。


「プレイヤーキラー?」

 聞き慣れないワードだった。


「ダンジョンでプレイヤーと出会ったら殺しに来る殺人鬼や」と白石さんが言った。

「ダンジョンは無法地帯や。だから、そんな訳わからんアホがおるねん」


「白石さん。ごめん警察呼んどいてくれへん? 証拠の動画ココに残ってるで」


「ダーリンどうするん?」と彼女が尋ねた。


「助けに行く」と俺は言った。


「行ったらアカン」と白石さんは言って、俺の腕を掴んだ。

「アイツはエゲツイ殺し方をする」

 白石さんの声は泣きそうだった。


「殺されたことあんの?」

 と俺は尋ねた。


「ある」


「白石さんは付いて来んといて。オッサン弱いから俺が助けたらなアカンわ」


「行ったらアカン」と白石さん。


 俺は白石さんの腕を離した。


「ホンマに行くん?」

 と白石さん。


「行く」と俺は言った。


「グラビデ」と白石さんが言った。

「アイツのスキルはグラビデや。重力を操るスキル。強いスキルやで。でもスキルの許容範囲は狭い。アイツに近づいたらアカン」


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