第24話 家族

 白石さんの上に乗り、彼女の口の中を見ていた。

 俺を利用したい、と彼女は少なからず思っているはずだった。だけど本当に好意もあるのかもしれない。だから白石さんは俺の唾液を喜んで飲んでいるのだろう。

 彼女は50年もダンジョンに寿命が奪われている。

 明日、死ぬかもしれない。

 明後日、死ぬかもしれない。

 白石さんの気持ちより、俺が白石さんのことをどう思うか、そっちの方が重要なんじゃないか?


 恋や愛はわからん。

 俺は白石さんに死んでほしくなかった。

 ただただ死んでほしくなかった。

 明日も明後日も明々後日も生きていてほしかった。

 どうすればいいんだろう?

 ただただ彼女には生きていてほしい。

 

 4回目の唾液を白石さんの口の中に垂らそうとした時、部屋の扉がガチャっと開いた。

 その音だけで俺は慌てて白石さんから降りた。

 慌てすぎてアクロバテックに回転しながら彼女から降り、ベッドの下に落ちた。

 そして開いた扉を見る。


 そこに小学6年生のヒマリが立っていた。


「お兄ちゃん、エッチしてたの?」

 と妹が尋ねた。


「してへんわ」

 と俺が言う。


「でも確実にしてたやん」

 と妹が言う。


「だからしてへんって」

 と俺が言う。


「お母さん、お兄ちゃんが」

 と妹が大声で叫んだ。


「ちょっと待て」

 と俺は慌てて妹の腕を掴む。


「そんなことをオバハンに言うな」

 と俺が言う。


「わかった」とヒマリが言った。

「でも黙っておくっていうのは、それなりに大変なことやで。お兄ちゃんもわかるやろう?」


「今、俺なにか要求されてるんか?」と俺は尋ねた。


 妹は親指と人差し指で輪っかを作り、お金のジェスチャーをした。


「わかった。100円やるから黙っといてくれ」


「お兄ちゃん」と妹が言った。「100円じゃ今はガチャガチャもでけへんねんで。お兄ちゃんがダンジョンに入って景気がええってことをお母さんから聞いてんねん」


「わかった。千円でええか」

 と俺が言う。


「手を打とう」とヒマリが言う。


 ちゃっかりしとんなコイツ。

 俺はポケットに入れていた財布を取り出して、妹に千円を渡した。


「毎度ありがとうございます」

 と妹が千円を受け取りながら言った。


「人の部屋に入る時はノックぐらいちゃんとせぇ」

 と俺が言う。


「わかった」と妹が言った。

「ほんで、このピンクの綺麗なお姉ちゃんは誰なん? もしかしてお金を支払って来てもらう系の人? お兄ちゃんモテへんからって家に、そんな人を呼んだアカンやん」


「山田君の彼女の白石花と言います」

 と白石さんが自己紹介する。


 いや、まだ付き合ってへんねんけど。


「お兄ちゃん、なんか言ってるで、この人」

 と妹が言う。 


「気にするな」と俺が言う。


「お母さん、お兄ちゃんが」

 とヒマリは大声で叫びながら部屋から出て行く。


「ごめん」

 と俺は言いながら、ベッドに座った。

 彼女もベッドに座っていた。


「アレがウチの妹のヒマリ」

 と俺が言う。


 ヒマリちゃん、と名前を覚えるように彼女が呟いた。


 タッタッタッタと足音がして、ヒマリが部屋に戻って来た。

「忘れてた。お兄ちゃんご飯やって」

 とヒマリが言う。




 リビングに降りるとカレーの匂いがした。

 俺はテーブルの椅子を引き、白石さんに座ってもらった。その横に俺も座った。


「お母さんお兄ちゃんが彼女出来たって知ってたん? めちゃくちゃ可愛い人やん」

 と妹がキッチンにいる母親に言った。


「知ってた」と母親が言う。


「なんで教えてくれへんかったん?」と妹が尋ねていた。


「サプライズ」と母親が訳のわからん答えをした。

「それと今日から花ちゃんも一緒に住むことになるから」


「えっーーー」と妹が驚いてる。「家族が増えても、ウチに養えるだけのお金が無いやん」


 家族、と白石さんが呟いた。

 ヒマリは家族と表現したのだ。


「花ちゃんにはすでに家賃も食費も払ってもらってる。むしろ花ちゃんが来て家計は助かってる」


「そうなん。よかった」とヒマリが言う。


「お兄ちゃんもお金を家に入れてくれるし、これからは家族でご飯を食べれるで」

 と母親が言う。


「ホンマ? 嬉しい」とヒマリがピョンと飛び跳ねた。

「ウチだけご飯食べているのは心苦しかってん」


「コレ持って行って」

 と母親が言った。


 白石さんが立ち上がる。

「私も手伝います」


「ええよ。花お姉ちゃんは座っといて。これは私の仕事なんやから」

 とヒマリが言った。


 花お姉ちゃんって、すごい距離の詰め方したな、と俺は思う。

 妹のコミュニケーション能力の高さには驚きである。


 妹がお盆に乗ったカレーとサラダを配膳して行く。


「オッさんも呼んで」

 と母親が言った。


 妹はガラス戸を開けて、「お父さん。ご飯できたよ」と叫んだ。

 100キロの巨漢がノソノソと庭からやって来る。


 白石さんが立ち上がる。

「初めまして。山田君とお付き合いさせてもらってます白石花と言います」


「そんなかしこまらんでええよ」

 と母親が言った。


「忍の彼女さん?」と父親が言う。「えらい別嬪べっぴんさんやないか。騙されてるんちゃうか?」


「騙されてんねん」と俺が言う


「騙す訳ないやん」と白石さんが言う。


「騙されているウチが花やで。ウチの子をいっぱい騙してや」と父親が言う。


 それは親のセリフか、と俺は思ったけど何も言わない。


 俺と白石さんが隣り合わせに座り、向かいの席は両親が座り、誕生日席にヒマリが座った。


 もしお姉ちゃんが帰って来たら、ヒマリの向かいの誕生日席になるだろう。


「お兄ちゃんと花お姉ちゃんは、どこで知り合ったん?」

 ヒマリの質問。

「それじゃあお兄ちゃんのどこが好きなん?」

「えーーー、花お姉ちゃんって年上なん?」


「カレーの味は大丈夫?」

 と母親の質問。

「髪、どこで染めてんの? 綺麗な髪やわ。お母さんもしようかな?」


「カレーで足りひんかったらUFOもあるで」

 と父親が言う。

 いや、カレーで足りるし、どんだけUFO好きやねん。

「ウチにもダンジョンがあるんやけど、ずっとUFOの汁をダンジョンの中で捨ててたら草みたいのが生えて来て、もしかしたらアレ、魔物ちゃうかなって思ってんやけど。なんか草みたいな魔物おらんかったっけ?」


「草っていうか、木の魔物ならいますよ。トレントですか?」

 と白石さんが答えた。


「そうそうそう。それ」


「質問攻めせんと白石さんにご飯食べさせてやってくれ」

 と俺は言った。

「全然、食べれてへんやん」


「全然ええよ」

 と白石さんが言う。

 

 底辺家族に囲まれて、なんで彼女はそんなに楽しそうなんだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る