第20話 死んでほしくない

「おかえり」と母親が言った。

 キッチンで買い物袋から食材を出していた。


「ただいま」と俺が言う。


「えらい男前になってどないしたん? そんなに筋肉質やっけ?」と母親が言う。


「筋トレしてん」と俺は適当な嘘をつく。


「そんなにすぐ筋肉つくわけがないやん」

 と母親が言う。


「疲れた。寝るわ」


「寝る前にオッさんと学校行ったり」

 と母親が言う。


「えっ、なんで?」

 と俺は尋ねた。


「アンタ、先生と約束してた日、えらい過ぎてるで」


 そう言えば俺は退学届けを貰いに行かなければいけないのだ。いつが約束の日だっけ? 約束の日は過ぎていることだけはわかる。


「退学届け貰って、そのままオッさんに同意のサインを書いてもらい」

 と母親が言う。


「眠い」と俺は答えた。


「アンタのイかれた担任の先生、あれから毎日やって来てオッさんをダンジョンで殺すんやで」

 と母親が言った。


 ちょっと何を言っているのかがわからなかった。

 オッさんを毎日殺す。

 はぁ? なんで?


「オッさんもダンジョンに先生を入れんかったらええのに、入場料を貰ってるからってダンジョンに入れるねん」


「入場料ってナンボよ?」


「1万」と母親が言った。


「1万で寿命を1年渡してるんか?」

 と俺が言う。


「あのオッさん、ホンマに死ぬ気なんやろう」

 母親の声が震えている。

「ホンマにアホやで。アホやアホ。死んだら私達が喜ぶって思ってんねん。ホンマにアホやで」


「オバハンは何で止めへんねん?」

 と俺は尋ねた。


「オッさんが死なへんかったら、どうやって私達は生活しろって言うねん?」

 母親は目に涙を溜めて言った。

 オバハンだって父親が死んで嬉しいわけがないのだ。


 俺はポケットから稼いできたお金をオバハンに渡そうとした。だけど止めた。使ってはいけないお金も含まれているのだ。

 お金は後で渡そう。


「オッさんと学校に行って来るわ」

 と俺が言う。


「もう2度と来るな、って担任の先生に言っといて」

 と母親は言って、壊れるような勢いで冷蔵庫を開けた。


「わかった」と俺は言う。



 父親は庭にいた。

 草をムシっている。

「オッさん」

 と俺が声をかけた。


「おぉ」と陽気な声を父親が出す。

「帰って来てたんか? 初ダンジョンどうやった?」


「ぼちぼち」

 と俺が言う。


「そうか? 寿命は奪われてへんか?」


「なんとか」と俺が言う。


「それやったらええわ。長生きしろよ」

 と父親が言って、泥のついた手を払った。


「オッさんより長生きするわ」


「ホンマに長生きせいよ」と父親が言う。


「何やってんの?」


「見てわからんか? 草ムシりや」


「いや、見たらわかるけど。なんで草なんてムシってんの?」


「お客さんが来るのに、草がボーボーやったらカッコ悪いやん」

 と父親が言う。


「お客さんってなんやねん」


「お前の友達も1回だけ来たで」


「友達?」

 と俺は眉をひそめた。

 悲しいことに家に訪ねて来るような友達は俺にはいない。


「福ちゃんと、知らん子が3人」

 と父親が言う。


 福ちゃん。

 俺の幼馴染。イジメから守ろうと思って助けたら逆に俺がイジメられるようになって、福ちゃんはイジメっ子側に加入した。


「あの子も大きくなったな」

 と父親が言う。


「ソイツ等ダンジョンに入ったんか?」と俺は尋ねた。


「パーティーで入ったわ。ミスったな。1人1万円貰えばよかったのに、みんなで1万円にしてもうた」

 と父が笑った。

「パーティーで殺されたら、人数分だけ寿命が取られるってお父さん知らんかったわ」


 俺は父親の腕を掴んで、手首を見た。


 -


 短期間に10年も寿命を奪われている。


「なにしてんねん」と俺は呟く。


「お金を貰うのも命がけやわ」と父親が笑った。

「ちゅうかお前、めっちゃ力強くなったな。ちょっとだけ筋肉付いたんちゃうか?」


「そんなんどうでもええねん」

 と俺が言う。

が死んでハッピーエンドなんて俺は嫌やで」


「なに泣きそうな顔してんねん」


「泣きそうちゃうわ」

 と俺が言った。

「次、ソイツ等が来たら俺が殺したるわ」

 

「無理せんでええ。お前は長生きしろよ」と父親が言った。


「死ぬほど長生きしたるわ」と俺が言う。


 なんでどいつもコイツも寿命を奪われてんねん。

 俺は白石さんの手首の数字を思い出す。

 本当は心臓がミンチになって抉れてハンバーグみたいに焼かれてジュウジュウと音が鳴っている。

 本当は白石さんの手首を見た時も彼女を抱きしめて泣きたかった。

 本当はオッさんの手首を見た時も子どものように泣きたかった。


 オッさんにも白石さんにも俺は死んでほしくない。

 死んでほしくない、死んでほしくない、死んでほしくない、死んでほしくない、死んでほしくない、死んでほしくない、死んでほしくない、死んでほしくない、死んでほしくない、死んでほしくない。

 

 


 

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