第19話 私、キモいよ。

「こんな奴に絶対にお金なんて渡したらアカンで」

 と白石さんが言った。

 彼女は本当に怒っているようだった。


 これは演技か? 


「お前そんなこと言ってええんか?」と立花が言う。「そんな事を言うんやったら、もう2度とパーティーでダンジョンに入ってあげへんぞ」


「いらんわ」

 と白石さんが言う。


「誰が泣きついて俺達とパーティー組みたいって言って来てん」

 と立花が言う


「人のお金を取るようなコスイ奴とパーティーなんて組みたくないわ」

 と白石さんが言った。

 

「寿命無いんやろう? いつ死んでもおかしくないんやろう? 時間が無いのに単独でランク上げれんのか? 親の仇討つって言ってたくせに、その前に死ぬやん」

 立花は彼女を苛立たせるために言った。

 彼女の弱みに付け込むための言葉なんだろう。


「……っさい」

 と白石さんが言った。


 俺は彼女を見た。

 ようやく演技じゃない事がわかった。

 彼女は立花を睨んで、あまりにも苛立ち過ぎて泣いていた。


「うるさい」

 と白石さんが叫んだ。


「早く荷物持ちの金を寄越せよ。金さえくれたら、また一緒にパーティー入れたるわ」

 と立花が言う。


「うるさい、って言ったのが聞こえへんかったんかボケ」

 と白石さんが叫ぶ。


 怖い顔した警備員がコチラに歩いて来ている。


「アイツを殴って」

 と白石さんが俺に囁いた。


 もうすでに俺の体は動いていた。

 握られた俺の拳は立花のお腹にメリメリメリと入って行く。

 俺もコイツに苛立っていた。殴りたくて殴りたくて仕方がなかったのだ。

 なにがお金がほしいねん。お前はダンジョンで死んだだけやんか。

 それ以上に腹が立ったのは白石さんを泣かせたことだった。

 なんで白石さんを泣かせてんねん。


 俺のパンチで立花は吹っ飛んだ。

 殴られた勢いでドドンパって感じで吹っ飛んで行く。

 もしかして死んだかも、と思ったけど、いっそのこと死ねとも思う。でも立花が死んだら犯罪やん、死ぬなよアワワ。


「俺は何も言ってへんで」

 とピアス男は慌てて言う。


「立花にポーションでも飲ませてあげたら?」

 と白石さんが言った。


「行こう」

 と彼女は強く俺の手を握った。


 警備員が俺のパンチでビビりすぎて、だるまさんが転んだをやっている状態になっている。


 白石さんが走り始めた。

 手を握られながら俺も付いて行く。

 アピロビルを出て、俺達は歩道橋まで走った。

 彼女の指が俺の手に食い込んでいる。


「ごめん」

 と彼女が呟いた。


 歩道橋の下では車がジャンジャンと行き交っている。ココに来るといつも思うことがあった。歩道橋から飛び降りたら車にぶつかって死ぬんかな? 


「白石さんは何も悪い事してへんやん」

 と俺は言った。


「私のパーティーメンバーが山田君にタカろうとしたから」

 と彼女が言う。

「あっ、でも、もうパーティーメンバーじゃないんか」

 

「さっきのこと」

 と俺が言った。

「もう寿命が無いとか、親の仇とか、アレはなんなん?」


「別に気にせんといて」

 と彼女が言う。


 手が握られている側の袖を捲って、俺は彼女の手首を見た。

 何も書かれていなかった。


「そっち?」


「見せへんって」

 と彼女が言う。


 それでも俺は彼女の腕を取ろうとした。


「ホンマやめて」

 と彼女が言う。

「山田君のこと嫌いになるで」

 と彼女が俺を脅す。


 俺は彼女の腕を掴んで、袖を捲って手首を見た。

 手首には刺青で書かれたような文字があった。


 


「マイナスごじゅう」

 そこに書かれている文字を口に出して読んだ。

 意味がわからなかった。

 マイナスってことは、寿命から50年引かれるってことやんな?

 50年引かれるってことは、あと何年ぐらい白石さんは生きれるん?


「エグいやろう?」

 と彼女が尋ねた。


「エグっ」

 と俺は呟く。


「14歳からダンジョン入って来てんねん。搾取されまくりやわ」

 と彼女が笑った。


「14歳」

 と俺は彼女の言葉を繰り返す。

 まだ中学生やん。

 親は何してんねん? ちゅうか親の仇って言ってたよな?


「親は?」

 と俺は尋ねた。


「親の話はめちゃエグいで」

 と白石さんが言った。


「やっぱり聞かんとくわ」と俺が言う。


「聞かん方がええ」

 と彼女が笑った。

「キモいやろう?」

 と捲れ上がった袖を直して彼女が言う。


「キモないけど」と俺は言った。

 何がキモいのかわからない。


「私、キモいよ。14歳の時からダンジョンで殺されまくってんねんで。いつ死ぬかわからんねんで。親の仇を討とうとしてんねんで。それやのに好きな人が出来たらイチャイチャしたいんやで? キモすぎ」


「キモないって」

 と俺が言う。


「気持ち悪いよ。ホンマに死ねばええねん。死んでしまうかもしれんから……焦っててごめん。山田君にはホンマに気持ち悪い事してもうたわ。唾液めっちゃ飲んでもうたぁ」


「だから全然キモないって」


「ホンマに私はキモいんやから」

 と彼女の自虐モードは止まらない。


「わかった。キモい。白石さんはキモいよ」

 と俺は彼女を肯定する。


「キモいって言うな」

 と白石さんが言って、軽めのビリビリ攻撃を手から出す。

 スキルのサンダーを使うなよ。

 アヤヤヤヤ、っと少しだけ俺は痺れる。


「どっちやねん。キモいって言えばええんか? キモないって言えばええんか?」

 と俺が言う。


「知らん」と彼女が言う。

「でも、ごめん」

 白石さんが謝った。

「私のこと好きになってくれたかもしれんけど、私もう少しで死ぬねん」


「大丈夫。好きじゃないから」

 と俺は言ってみた。


 また白石さんが繋いだ手からサンダーを出す。さっきよりも強め。

 アヤアヤヤアア、と俺は痺れる。


「嘘つき。私でめちゃくちゃチンチンたってたやん」


「だから外でチンチンって言うな」


「チンチンチンチンチンチンチンチン」


「やめろ。やめろ」

 と俺は言って、彼女の口を塞ぐ。


「ホンマに私のこと好きちゃうの?」

 と彼女が真剣に尋ねた。


「わからん。恋愛したことないし」

 と俺が言う。


 俺は今日で2度と彼女に会わないつもりだった。

 だけど正直に言うと会いたい。

 でも彼女は死ぬ。

 きっと白石さんは俺のことを好きっていうより、利用できると思ったから好意を抱いたんだろう、と今でも思っている。


「童貞君はムズいわ」

 と白石さんが言った。


「外で童貞呼ばわりするなよ。ヤリチンやわ」

 と変な返しを俺はしてしまう。


「嘘つき」と彼女が言う。


「とりあえず今日は帰ろうや。休みたいし」

 と俺は言った。


「うん」

 と彼女が頷く。

「山田君は家どこなん?」


「北花田」

 と俺は答えた。

「白石さんは?」


「長居」と彼女は答える。


 そして俺達は同じ御堂筋線の電車に乗って帰った。

 彼女が先に電車から降りる。


 白石さんにバイバイ、と手を振られる。大切な物を無くしたような気持ちになった。

 なんっすか? この気持ち。


 もう2度と会わないのか? それすらも俺にはわからなかった。

 あっ、でも白石さんのプロテクターも、ダンジョンに入った時の入場料も、服を借りたお金も返してへんやん。

 次に会った時でいっか?

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