第18話 詐欺やん

 天王寺の冒険者ギルド。その上のアピロビル5階がアイテム屋だった。


「思ってたイメージと全然違う」と俺は言った。


「買取専門やから」と彼女は言った。


 アイテム屋といっても銀行の窓口みたいなモノがあった。それにアイテムを保管しているであろう大きな金庫がある。

 そこに10人ぐらいのスタッフが働いている。マッチョな警備員が3人もいた。


「アイテムを売っている場所は、もっと厳重やで」と彼女が言う。


 白石さんが窓口のカウンター近くにある掲示板のQRコードをアイフォンで読み込んだ。


「これで受付の順番を受け取るねん」


 彼女は29番と書かれた画面を俺に見せた。


 俺も彼女に習ってQRコードを読み込んだ。30番だった。


 ソファーで座って待つ。

 俺達はずっと小指同士で結ばれていた。


 白石さんの細くて冷たい手が動いた。


 そして俺の指の間に指を滑り込ますようにして彼女が俺の手を握った。

 恋人つなぎである。

 彼女の指は冒険者なのに細くて強く握ってしまうと壊れてしまいそうだった。


 これはアウトか?

 さっきからアウトとかセーフとかなんやねん。

 全然、胸とかトキめいてないし。


「恋人同士ってこうやって手を繋ぐねんで」と彼女が言う。


「恋人ちゃうから」

 と俺は言って、彼女の手を振りほどく。

 頑張れ俺。


「もう私のこと好きなくせに」

 と白石さんが言う。


「好きちゃうわ」と俺は言った。


 今日が終われば2度と会わない、と俺は心の中で呪文のように唱えた。

 寂しい、と正直に思う。

 だけど絶対に会わない方がいいのだ。


「俺のこと本当は好きちゃうやろう?」

 と俺が言った。


 たぶん本音を聞けば俺はショックを受けるだろう。それでもいいんだ。今ならショックは半減の大バーゲンセールである。


「好きやって」と白石さんが怒った。

「そんなに私のこと信用でけへん?」


「……わからん」と俺は言った。


「そんな顔をせんといて」

 と白石さんが言う。


 信用したいという気持ちと信用できないという気持ちが複雑に絡み合わさって、息を止めて30年経ちましたみたいな顔に俺はなっていると思う。


「大丈夫。本当に好きやから」

 と白石さんが言った。


「何か目的あるんやろう?」

 と俺は尋ねた。


 彼女の視線が左右に動いた。


「……」


 やっぱり信用でへんな、と俺は思った。


「私の番やわ」

 と彼女が言って、ポーションが入った袋を持って立ち上がった。


 俺の質問に答えてへんやん、と思ったけど俺は何も言わなかった。そしてもう2度と聞く気もなかった。



 すぐに俺の番になる。

 窓口の茶色いセーターを着た綺麗なお姉さんに俺は8本のポーションを差し出した。


「冒険者カードを提示くだい」

 とお姉さんに言われる。


「あっ、はい」

 と俺は言って、慌てて財布から冒険者カードを取り出す。


 冒険者カードを受け取ったお姉さんが俺のカードを見る。


「Gランク?」と彼女が首を横に傾げた。


「なんか、おかしいっすか?」

 と俺は尋ねる。


「いえ」と彼女が言う。


 お姉さんが機械にカードを通す。


「もしかして山田様はダンジョンに潜ったのは初めてですか?」


「はい」

 と俺は頷く。


「Gランクの方でポーション8本もお持ちになる方は珍しいので」

 と彼女が言った。


「パーティーで潜ったから」と俺が言う。


 そうですか、と彼女は納得した。


「Fランクに上がれますけど、どうしますか?」


「それじゃあ上げといてもらっていいですか?」


「Fランクに上がると単独でFランクまでのダンジョンに入ることが可能になります」

 とお姉さんが言った。


「わかりました」と俺は頷く。


「それではポーションを評価させていただきますので、少々お待ちください」

 とお姉さんが言って、カゴに8本分のポーションを持って、窓口から離れた。


 評価って何をするんやろう? と俺は思いながら、離れて行ったお姉さんを見る。


 スポイトみたいな物で一滴だけポーションを取り出して、検査キットみたいな物に一滴だけポーションを落とす。

 それを丁寧に一本ずつやっていた。


 しばらくすると茶色い銀行券を大量に持ってお姉さんが戻って来た。

 そして銀行券を貰う前に領収書を先に渡された。


「ポーション1本が15万円です。そしてダンジョン税を引いて10万円になります」


「なに? ダンジョン税? 3分の1も取られるの?」

 と俺が思ったことを口にする。


「国が定めた税金です」

 とお姉さんが言う。


「詐欺やん」

 と俺は思ったことを口にする。


 お姉さんがクスクスと笑った。


「あと」と隣で声が聞こえた。横を見ると白石さんが立っていた。

 彼女は買取を終わらしたらしい。

累進課税るいしんかぜいとか色んな税金がかかるから、ここから半分は税金で持っていかれるで」


「えっーーー」

 と俺が驚く。


 概念という言葉を知らなかった人間の口から累進課税という呪文のような難しい言葉を聞いたのも驚きだけど、ココから税金で半分も持っていかれることに、さらに驚いた。


「半分は絶対に使ったらアカンお金やで。税金を納めなアカンから」


「詐欺やん」

 と俺は同じことを呟いた。


「武器とかアイテムとか買って、色々と節税するコツもあるんやけどな」と白石さんが言う。


 アホだと思っていた白石さんから節税という言葉を聞いて、俺は驚く。


「白石さんもセッ、セツゼイってやつするん?」と俺は尋ねた。

 ちょっと噛んでしまったせいで節税が下ネタっぽくなってしまった。


「当たり前やん。節税ぐらいするわ」

 と白石さん。


 窓口のお姉さんが早くお金受け取れよワレ、みたいな笑顔を俺に向けた。


 すみません、と小声で呟いて、俺はお金を受け取った。


 手が震えた。

 半分は使ってはいけないお金である。

 それでも、こんな大金を俺は持ったことがない。

 もちろん財布に入るような金額ではない。


「もしよろしければ、こちらをお使いください」

 とお姉さんが銀行で使うような封筒を差し出した。


「ありがとうございます」

 と俺は言って封筒の中にお金を入れようとする。

 なかなか震えて入らん。


「ちゃんと領収書も貰っときや。確定申告の時に、また発行してもらわなアカンで」

 と白石さんが言う。


 カクテイシンコク?

 どんなスキルですか?


「アプリがアップロードしまして領収書が見れるようになったんですよ」

 とお姉さんが言った。


「ホンマに」と白石さんが喜んでいる。

 何をそんなに喜んでいるのかが俺にはわからなかった。


 窓口のお姉さんにお礼を言って立ち上がり、アイテム屋から出ようとした。


「おい」

 と誰かに呼び止められた。

 初めは俺達のことを呼び止めいる声だと思わなくて二人とも後ろを振り返らなかった。


「花なにしてんねん」と声がした。


 白石さんが振り返る。

「あっ、死んだ2人」

 と彼女が言う。


 後ろを振り返ると金髪ヤンキーとピアス男が立っていた。

 手にはアイテムらしきモノが入っているっぽい手提げ袋が握られていた。

 もしかしたら2人とも死んでから別のダンジョンに入っていたのかもしれない。


「お前等、めっちゃポーション売ってたやんけ」と立花が言う。

 

「死んだ奴には関係ないやろう」


「あのダンジョンで死なずに出て来たんか?」

 と立花が尋ねた。


「そうや」と白石さんが言う。


「どうやって?」と立花。


「どうでもええやろう」と白石さん。

 俺のスキルのこと言わないでいてくれて、有難い。


「お前の報酬はポーション1本やったよな?」

 と立花が俺を睨む。

「報酬を差し引いた分だけ、お金を寄越せ」

 と立花が言った。


「なに言ってんの? アンタ死んだだけで何もしてへんやん。アイテムをドロップしたのは私と山田君やで」

 と白石さんが言った。


「はぁ?」

 と立花が大きな声を出す。

「そもそもGランクのコイツがダンジョンに入れたのは俺達とパーティーを組んでたおかげやん」


 俺を安い報酬で荷物持ちさせようとしただけやろう、と俺は思った。


 立花への苛立ちを感じたと同時に、俺は不安になった。


 本当にたまたま偶然に出会ってしまったんか?

 もしかして白石さんが連絡したんじゃないのか?

 さっき立花はなんて言ったけ? ポーション1本分のお金を差し引いたお金を寄越せ。そんなことをしたら税金でマイナスになってしまう。俺の報酬の半分はお国様に収めるお金なのだ。


 もしかして白石さんはコレを狙ってたんだろうか? ポーション1本より安い報酬。それどころか俺が彼等の税金の肩代わりをすることになってしまう。

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