第14話 2人で1つの掛け布団で芋虫のように丸くなった
「ちょっと外にお花を摘みに行くわ」
と白石さんが言った。
「なに言ってんっすか? ダンジョンに花なんて咲いてないっすよ?」
と俺が言う。
「わかってるわ。女の子は下品なことを言われへんねんから察してや」
と彼女が言った。
「トイレっすか?」
と俺は尋ねた。
「山田君ってデリカシーないねんな」
と白石さんがちょっとキレている。
「すみません」と俺は素直に謝る。
ダンジョンにはトイレ問題が存在する。大小に関わらずトイレは素早くダンジョンでするしかなかった。1人部屋にトイレがあればいいのに、と俺は思った。トイレが命がけなのだ。
「覗かんといてや」
と白石さんが言う。
「覗かないっすよ。でも魔物が出た時はどうするんですか?」
「サンダーで攻撃する。倒せない魔物が出た時は叫ぶ。それだけは聞いといて」
と彼女が言った。
そして白石さんはトイレをするために1人で部屋から出て行った。
俺は扉を少し開けて耳を済ませた。トイレの音を聞いているわけじゃない。
彼女が叫ぶ可能性があるのだ。叫び声が聞こえたら助けに行かないといけない。
でも、と俺は思った。
もし白石さんが大便をしていて、その途中で叫ばれたら?
めちゃくちゃ気まずいやんけ、と俺は思った。
「キャーーー」
と白石さんの悲鳴が聞こえた。
マジか。
白石さんはトイレの最中に強い魔物と遭遇してしまったらしい。
ちょっと緊張する。
もしかしてお尻とか丸出しの状態だろうか?
そんな事を考えている暇があったら早く助けに行かなくちゃ。
扉を開けて外に出た。
白石さんを発見する。
お尻丸出しではなかった。
ちゃんと黒いズボンを履いている。
地面に濡れた跡があった。小便だったみたい。
彼女はお腹を切られたらしく、大量の血が出ていた。
死にそうやん、と俺は思った。
これがオカシイのかもしれない。
もっと焦るべきなのかもしれない。
でもゲーム感覚っていうか、死んだらダンジョンの入り口からやり直しっていう感覚が取れないのだ。
白石さんのお腹を切ったのは甲冑を着た幹部だった。
血のついた大剣を甲冑は持っていた。
中身は人間。冒険者を殺しに来たダンジョンの従業員。
白石さんは後ずさりながらサンダーで攻撃していた。
サンダーを受けながら甲冑はゆっくりと白石さんに向かって行く。
そして甲冑が大剣を振った。
俺は動いた。
一歩踏み込むと自分が思っていた以上に前に進んだ。それに俺が想像していた以上のスピードが出た。
幹部が大剣を振り下ろす前に、俺は甲冑に近づく。
自分に攻撃手段がないとか、どうやって倒そうとか、そんな事は何も考えていなかった。
ただ白石さんを助けたかった。
別に彼女のことを仲間とは思っていない。
思っていないけど、少しだけ一緒に戦って来たのだ。
俺は手に何も持っていなかった。攻撃スキルも持っていなかった。
だから甲冑に向かって足を出した。
キック。
俺のキックが甲冑に当たる。
ガシャン、と甲冑の音。
俺のただの蹴りで幹部が吹っ飛んだ。
そして飛ばされた幹部が壁にぶつかった。
明らかに今までの俺の力ではありえない蹴りだった。
レベルが上がったことで打撃の攻撃力も上がっている。
俺あきらかにチートやんけ。
「白石さん」と俺は言って、彼女を素早くお姫様抱っこする。
重たいとは感じなかった。
これもレベルが上がっているせいだろう。
「強いやん」
と苦しそうに彼女が言った。
「だから、そんな事ないですって」
と俺は苦笑いをする。
ただレベルが上がったことで甲冑を吹っ飛ばせるだけの攻撃力を持っただけである。
「王子様みたい」
と彼女が言った。
「余計なこと言ったら降ろしますよ」と俺が言う。
「もう言わん」
と彼女が言って、俺にしがみつく。
俺の背中が急に熱くなった。お腹も熱い。
なんやこれ?
俺のお腹から大剣が飛び出していた。
大剣から血が滴っている。
ポーションを使わなアカンやん、と俺は思った。
ポーション1本いくらやと思ってんねん。今までの頑張りが無駄になるやんけ。
それが悲しい。
めちゃくちゃ甲冑に対してムカついた。
お前のせいで15万円が無駄になるやんけ死ね。
大剣が引き抜かれた。
血がドボドボと溢れ出す。
俺は後ろを振り返りながら回し蹴りをした。
俺のスーパーミラクル回し蹴りを受けた甲冑は地面に向かって勢いよく倒れた。
ようやくお腹に痛みを感じた。
お腹めちゃくちゃ痛い。
今までの腹痛の痛さの比じゃないぐらい痛かった。
泣きそう。
えっ、俺死ぬの?
足が急にガクガクと震えた。
死が迫っている。
いや、ダンジョンの入り口で復活するよな?
ホンマに復活するのか?
痛みと恐怖で身体中から汗が噴き出す。
俺は1人部屋の扉を目の前に出した。
そして扉を開けて中に入った。
甲冑は起き上がり、大剣を振り回した。
剣が俺に当たるより前に、俺は扉を閉めた。
白石さんをベッドに寝かせる。
血が掛け布団に染み込んで、シミにならずに消えた。
この布団は洗濯いらずやな、と薄れゆく意識の中で思った。
大量の出血のせいで寒い。
「ポーションを持ってきます」
と俺は血が溢れ出すお腹を押さえながら言った。
「ちょっと待って」
と白石さんが言う。
「なんですか? 後30秒後には、俺は死んでいるんですよ」
と俺は震えながら言う。
「お腹の痛みが無くなったみたい。体が回復してるっぽい」
と彼女が言った。
「えっ?」
彼女を見る。
足に掛け布団が少しだけ掛かっていた。
それに白石さんが薄っすらと緑色に光っている。
「それに、この光は回復魔法やで」
と彼女が言った。
俺は痛みを我慢しながら彼女の足に掛かった布団を取った。
緑色の光が消えた。
そしてまた掛け布団を掛けた。
白石さんが緑色に光った。
ちゃんと肩まで布団を掛けてあげると緑色の光は強くなった。
「山田君も怪我してるやんか」
と彼女が言う。
「コッチにおいで」
と白石さんが言って、腕を広げた。
血が出すぎて目眩を起こしている。
10秒後には意識が飛びそう。
俺は彼女の胸の中にダイブした。
白石さんは俺を抱きしめて、2人で1つの掛け布団で芋虫のように丸くなった。
お腹の痛みが和らいでいく。
俺は意識を失った。
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