第4話 お母さん、泣かんといて

 久しぶりに食卓を囲んだ。1週間ぶりの母親のご飯は味噌汁にコロッケだった。

 だけど俺と父親の前には食事は置かれなかった。

 食事が置かれているのは妹のヒマリと母の目の前だけである。

 お姉ちゃんはいなかった。


 なか卯で牛丼は食べたけど、それでも絶食続きで腹が減っている。俺は物欲しそうに母を見た。


「アンタは学校にも行ってないんやから食べんでもええやろう」

 と母が言った。


「そんな……」と俺が言う。

 学校に行っていない人は食べなくていいシステムをウチは採用しているらしい。


「それと今月から家賃も貰うから」

 と母親が言った。


「家賃?」

 と俺は驚く。


「部屋の家賃は5万。ご飯を食べたかったら食費は5万。計10万」

 と母は無表情で言った。


「高っ」

 と俺が言う。


「家賃が高いんやったら部屋を使わんかったらええやないの。『1人部屋』っていうスキルがあるんやからアンタは部屋なんていらんやろう? そっちに住んだらええやん。アンタの部屋はもう荷物置きとして人に貸すから」

 と母が言う。


「スキルの部屋を使ったら魔力が消費されて気分が悪くなるねん」と俺が言う。


「気分が悪くなるぐらい何やの」と母が言って、白ご飯を食べた。


「まぁまぁええがな」と父親が言った。「まだ働いてない奴に10万はキツイよ」


 無職の父親が俺をかばってくれた。


「全部、アンタのせいやないの」

 とボソッと母が言う。

「再就職先は見つけたんか?」


「探してる」と父は言った。


「早よ見つけや。あと半年分の貯金しかないんやで。あと半年後には家を売って家族解散やで」と母親が言う。


「そんなん言うなよ。酒がまずくなる」

 と父親が言った。

 ちなみにオッさんは何も飲んでいない。


「オッさんは何も飲んでへんやないの」

 と母が睨んだ。

 母親も父親のことをオッさんと呼ぶ。


「そんなに攻められたら飯がまずくなる」

 と父がボソッと呟いた。


「オッさんは何も食べてへんやないの」

 と母がツッコむ。


「お腹空いたな」と父親が物欲しそうに母に言った。


「黙れ」と母が言う。


「お父さんコロッケあげよっか? お兄ちゃんと半分ずつにする?」と妹が尋ねた。


 マジか。優しい。


 妹が箸でコロッケを半分に切って、俺と父親に半分ずつくれた。めちゃくちゃ美味しい。


 母親は泣いていた。

 ご飯を食べながらボロボロと泣いていた。

 我慢出来ずに溢れ出したような涙だった。

 服の袖で涙を拭きながら母親がご飯を食べている。


「お母さん、泣かんといて」

 と妹もご飯を食べながら泣き始める。


「アカンわ。お母さんもうアカンわ」と母が言う。

「ヒマリちゃん、ごめんな。アンタ来年には中学生やのに、ごめんな」

 と母親が泣きながら言った。


「謝らんといてや」と妹が言う。


「お父さんがなんとかするから」と父親が言う。


「なんとかしてや」と母が泣きながら言った。


 俺の家族は何ともならない状態になっているらしい。その事を母の涙で理解した。

 母親の涙を初めて見たショックで、俺の胸がキューンと痛くなって自然と涙がボロボロと溢れた。

 本当にウチは解散寸前らしい。


「俺も学校辞めて、働くわ」

 と俺が言った。


「何でもいいから、早よ働いて」

 泣きながら母親が言った。

 そして母親は俺にコロッケをくれた。




「お前もお腹が減ってるやろう。おいで」

 と父に言われてダンジョンに降りた。

 オッさんの手には温められたヤカンが握られている。


 父親はダンジョンにUFOを隠していた。UFOといのはインスタント焼きそばのことである。

 ダンジョンの中は壁に光る石みたいなモノが埋め込まれているので明るい。

 明るい、って言っても、LEDが付いているわけじゃないので、多少明るい程度である。


 父親は2つのUFOにお湯を注いだ。

 めちゃくちゃ美味そう。


「今の家の状態で、どうやって巨漢を維持してるんやろうと思ったら、ちゃんとカロリーは隠し持ってたんや」

 と俺が言う。


「当たり前やろう」と父親が言う。


 さっきの母親の泣き顔が脳裏に焼き付いていた。

 まだ俺の胸が痛い。

 母親の泣き顔は息子の胸をエグる。


「お前にも悪い事をしたな」

 と父親が言った。


「ええよ。俺もともと学校を辞めるつもりやったし」

 と俺が言う。


「そうか」と父が呟いた。「今日、牛丼奢ってあげたからチャラにしてくれ」


「かなり安いもんでチャラにしようとするな。別にええけど」と俺が言う


「忍は気にせず好きなことやったらええんやで」とオッさんが言った。


「オバハンを泣かせんことが最優先やろう」と俺が言う。


「……そうやな」

 と父親が言ってUFOを見つめた。


「再就職先は探してるねん」とボソリと父親が言う。「でも不景気やし、お父さん50代やろう? もうどこも雇ってくれへんねん。それに年齢制限でダンジョンにも入られへん」


 そうか、と俺は呟いた。


「でもお父さん何とかするから」

 と父が言った。


「何とかって?」

 と俺は尋ねた。


「魔王で寿命を全て奪われて死んだら保険だっておりるし、家のローンだって払わんでええようになる」


 父親は死ぬために、家族を守るために、このクソみたいなダンジョンを作ったらしい。

 

 死ぬなんて言わんといてくれ、と俺は言えなかった。

 ただUFOを見つめた。


「お父さんが何とかするから」

 と父は言葉を繰り返した。

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