第2話 ダンジョン

「ええよ」

 とダンジョンから父親の声が聞こえて、階段を降りた。


 ダンジョン? っていうか、地下倉庫みたいな感じである。

 狭い階段を降りて行くと運動場ぐらいの空間が広がっていた。


「広っ」

 と思わず俺は口にした。


 玉座があり、そこにオッさんが座っている。

 俺は父親に近づいて行く。


 オッさんはアイフォンで動画撮影をしているらしく、カメラに向かってブツブツと何かを言っている。


「今日初めてのダンジョンにお客さんがやって来ました」


 なにしてんねん、このオッさん。……動画を撮影してるやん。

 父親はユーチューブの撮影っぽいことをしていた。

 それに俺はお客さんじゃない。

 頼まれてダンジョンに入って来ただけである。


「それじゃあ初魔王やっていきまーす」

 とオッさんがアイフォンのカメラに向かって喋っている。


 何が初魔王やねん。

 かなりキモい。


「よくぞ来たな勇者よ」

 と父親が言った。


「来たもクソもないやろう? まだ一階層目やろう? 魔物にも出会ってへんねんけど」


「魔物などおらぬ。そして一階層目で最終層である」

 と魔王っぽく100キロの巨漢の父親が言った。


「一階層しかなくて、魔物もおらんかったら、それはただの物置やん」

 と俺は言った。


「お前に世界の半分をやろう。だからワシの部下にならないか?」

 と父親が言う。


「なんかセリフ古くない? 絶対にオッさんごとぎが世界を牛耳れるわけないやん。物置しか作られへんねんやから」

 と俺が言う。


「物置って言われました」

 と父親がアイフォンのカメラに向かって喋った。


「それやめろ。何を撮影しとんねん」

 と俺が言う。


「ユーチューブを撮影してんねん」

 と父親が言った。


「やめろ。50を越したオッさんがユーチューブ撮影とか見てられへんわ」

 と俺が言う。


「言っとくけどバズらな死ぬんやで」

 と父親が言った。


「バズらな死ぬ50代のジジィなんて、早く死んでしまえ」

 と俺が言う。


 うっ、とオッさんが胸を押さえた。

「こんなにすごい攻撃を持ってるとわ。やられた」

 とオッさんが死んだフリをした。


「社会の荒波あらなみに揉まれてきた50代のジィジィが精神的ショックで死ぬな」と俺が言う。


「そして世界は勇者に守られたのだ」

 と父親が死んだ状態で、ナレーションみたいに言った。


 本当に最悪である。


「もしかして、このダンジョンを運営して冒険者を入れようとしてる?」

 と俺は尋ねた。


 オッさんがアイフォンのカメラ機能を停止する。


「当たり前やんけ」

 と父親が言った。


「やめとけ。ダンジョンで殺されたら復活するけど寿命が奪われるんやで」

 と俺が言う。


 魔王が殺された場合、冒険者に寿命を奪われる。

 冒険者が死んだ場合、魔王に寿命が奪われる。


「それもええかなって思ってる」

 とオッさんが言った。

「俺が死んだら家のローンも無くなるし、保険もおりるし」


「ダンジョンのことオバハンは何て言ってんの?」

 と俺は尋ねた。


 オバハンというのは母親のことである。小学生の頃はお母さんで、中学生になるとオカンで、高校生になるとオバハンになる。母親も出世魚みたいに俺の成長と共に名前が変わっていく。


「死んでくれたら楽になるわって言ってる」

 とオッさんが言った。


「めっちゃせちがらいやん」

 と俺が言う。


「しゃーないやろう」とオッさん。

「お父さんの職場、1週間前に倒産したし」


「えぇぇぇー」

 と俺は叫んだ。

「オッさん、無職かいな?」


「無職ちゃうわ。魔王やわ」

 と父親が言った。


 マジで黙れ、と父親に対して思った。

 そりゃあオバハンも俺がシャワー使っただけで怒るはずやわ、と俺は思った。


「言っとくけど、オッさんはただの物置を作ったジジィやで」

 と俺が言う。


「言っとくけど」と父親が大きな声を出した。「ココを物置にしたら湿気がすごいからカビだらけになるで」


「物置以下やん」と俺が言う。


「もうちょっとレベルアップしたら魔物とか召喚できるんやけどな」

 と父親が言った。


「後それと」と俺は言った。

「地下のダンジョンは流行らんで」

 

「なんで?」

 と父親が尋ねた。


「上に階層を作って建築物にしないと、そこにダンジョンがあるってわからんやん」

 と俺が言う。


「逆にお父さんがやっていることは新しいってことか?」

 と父親が言う。


「古いわ」と俺は言った。


「古すぎて一周回って新しいってことか?」


 黙れ。純粋に古いだけや、と俺が思う。

 だけど、もう言葉にしなかった。


「そんなことより腹減ったわ」

 と俺が言う。

 3日も絶食しているのだ。

 腹が減りすぎてオッさんのダンジョンどころじゃない。


「なんか食うもんないん?」


「なんか食いに行くか?」

 と父親が言う。


「おごってくれるん?」

 と俺は尋ねた。

 父親のくせにご馳走してくれないパターンが山田家にはあるのだ。


「駅前のなか卯でいいか?」

 と父親が言った。

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