第2話 遭遇


 灰色が続く道を進み、やがて大きな家が見えてきた。ここで合ってるだろうか。門の前で立ち止まり、インターホンを押した。ここからは音が聞こえなかったから、壊れているのかと思ってもう一度押そうか迷ったが、直ぐに彼が家の中から現れた。

「はい、なんのご用でしょうか。」

 柔らかい雰囲気だが、どこか冷たく感じる目、中性的な声と、…言うなればモブキャラのような見た目だった。顔は整っており、鼻筋が通っていた。髪の毛はショートカット寄りのボブで、銀色の髪にインナーカラーが黄色、含み笑いが特徴的で、見れば見るほど魅力が上がるタイプだった。 少し惹かれた私はドキドキする気持ちを抑え、彼に事情を説明をした。

「私も貴方と同じで、えっと、看護師さんから貴方のことを聞いて、それで…」

 微笑みながら頷く彼を見て、とても癒やされるように感じた。彼が微笑んでいるのは、私が緊張しすぎて、上手く話せていなかったからだろうか。そして彼は少し黙り込んだあと、優しくニッコリと微笑んで

「ここで話すのも疲れるだろうから、家の中上がってよ」

 と、言って私を家に上げてくれた。何を考えていたのか気になったが、聞く間もなく彼は続けた。

「君さ、ここの子じゃないよね?」

 微笑みながら聞いてきた。ここの子というのは、ここら辺の子、という事なのかそれとも、、私は考えながら、うーんと返事をした。きっとそのことなのだろうと信じて

「そうです。ここの子ではないです。」

 ときっぱり言った。彼はフフッと笑い、しばらく沈黙が続いた。

 

 それにしてもこの家は広い。広すぎる。いや、沈黙のせいで歩いている時間が長く感じるだけなのか…。どっちにしろ私にはストレスだった。よく分からない相手と沈黙を貫き、よく分からない家でこんなに歩かされるんだから。唯一の救いは、相手がとても優しい、という事だけ。というか、そこしか分からない…という方が正しいかも。会ったばっかりだし、あまり深く考えないようにしよう、なんてことを思っていると、いきなり彼が喋りだした。

 「温室か、リビングか、台所、どっちがいい?あ、それとも狭い所の方が落ち着く?小さい部屋はもっと奥へ行かないと辿り着けないから、結構時間かかるけど笑」

 ……何を言っているんだ?私の心の中は、はてなでいっぱいになった。心に浮かぶはてなを三個ずつ折りながら、私は考えた。

 (ん?温室ってなんだ?なんか音楽室の略語なのかな?というか狭いところって何?リビングってどれぐらい広いの?!何故に台所…?冷蔵庫あるからかな?てか一番そこじゃなくて、何?小さい部屋はもっと奥??なにそれ、どんだけ広いの…。取り敢えず沈黙嫌だし歩くの嫌だし、、。リビングで良いかな。)

 私はこのことを六秒で考え出し、リビングを選択した。そしたら彼は、やっぱりフフッと微笑んでオッケー!と軽く答えた。リビングは案外すぐにたどり着いた。だだっ広い所を歩いたため、中々疲れた。

 「座ってて」

 彼はそう言うと何処かへ行ってしまった。部屋を見渡すと、とても落ち着いた印象を受けた。質素な感じというか、地味な感じというか、、ただ、とても広いので、その言葉だけでは収まりきらないと思う。

 

 長いソファーが二つ、向かい合わさって並んでいて、その間に長いテーブルがあった。…アンティークものだろうか。それにしても広いからどこに腰を掛ければ…?!なんて思っていると、彼がやって来た。お膳に並べられたティーカップとティーポット、お菓子類が目に付いた。とても美味しそうだ。フフッと、彼が笑い、入り口に近いところにそのもの達を並べた。

 「入り口に近い所が良いでしょ?」

 そう言うと彼はソファーに腰掛けた。私もティーカップが並べられた彼の向かい側に座った。座り心地はまぁまぁって所か。可もなく不可もないから、非常に安定している。飲み物は紅茶かと思ったらジャスミンティーだった。まぁ紅茶には変わりないが…意外だな、まさかさんぴん茶が来るなんて。…ん?さんぴん茶?よく分からない単語だ。元々言えば私は記憶を無くしているんだ。縁のある言葉だろうがなんだろうが知らない。だが、何か思い出すことができるかも知れない。この家は、この人は不思議だから、何か思い出せるかも知れない。

 「ここじゃなくて温室だったら、持ってくるのに時間かかってたんだよ。台所だったらすぐだったんだけどね笑」

 何故台所が選択肢に出てきたのか分からなかったが、今わかった。台所を選べばよかった。

 「でもね、台所よりもここのほうがソファーがあって落ち着くから、結果君がここを選んでくれて、良かったよ、フフッ笑」

 考えていることが見透かされているような、複雑な気分になってしまった。まぁ結果的に良かったわけだし、まぁ良いか。…あまり深く考えたくない。

 彼はお菓子を一つ手にとり食べ始めた。

「このお菓子凄く美味しいから、君も食べてみなよ!」

 そう勧められ、細長いクッキーを一つ取り、食べた。素朴な味と見た目だが、とても心が和むその味は、私を優しく包み込んでくれるようだった。

 

 「さて、さっきの話の続きに戻りたいんだけど、その前に、君のこともっと教えてもらえるかな?名前とか年齢とかは思い出せると思うんだけど…どうかな?」

 名前…名前は、、何だっけ。喉まで出てきているのに、言葉に表せられない。年齢、、年は、

 「一五歳…。だったかも…名前は、思い出せない。」

 詰まりながら答えた。さっきまでの安心感は何処へやら、途端に不安が込み上げてきた。年齢しか分からない上にここが何処なのか、私は何処から来たのかも思い出せない。そもそも私は何なのか…。軽度のパニックが私を襲った。取り敢えずお菓子を食べよう。そしてこのお茶を…。少し落ち着いてきたが、ドキドキは収まらなかった。

 「ゆっくりで良いよ。焦っちゃ駄目笑。じゃあ僕の事を教えるね。何か役に立てたら良いんだけど…。」

 彼はお茶を啜り、一呼吸してから口を開いた。

「僕の名前はダーリン・セリドール。なんか誤解される名前だけど…これが本名なんだ。僕は記憶を少し取り戻したから、色々思い出せるけど、このことが興味深いから籠もって研究しようとしていた所でね、そしたら君が訪ねてきた。話してみたら、君も記憶を無くしているんだもの。これはじっくり話さなきゃだよね笑」

 だから少し考えて家に上げたのか。私はよく頷いた。

 「でね、君のことをよく知りたいんだけど、名前が思い出せないなら、、なんて呼べは良いのかな…って笑。あ、僕のことは好きに呼んでね~」

 と言われても、こっちも好きに呼んで~って感じなんだか。だって名前思い出せないし。うーん…。

 「じゃあ、ダリさんって呼びますね。ややこしいとあれですし。あと、私のことも好きに呼んでいいです!お任せで!」

 投げやりだ。

 「んーとね、ダリさんよりも、ダリ、の方が短くて呼びやすいよ。ダリさんだったら、4文字だし、ダーリンって呼ばれたときと同じだよ笑、あと、うーん…取り敢えず敬語も止めてね、これからお互い色々と知るんだから。堅苦しいと何かと面倒だし」

 めっちゃ言うじゃん…と、少し圧を感じた私だったが記憶を取り戻すためだ!と決意し、タメ口で接することにした。

 初対面…+(プラス)物をはっきり言うこの人が少し怖いけど…、大丈夫かな…。言い忘れていたが、私は中々うるさい。こうして心の声も声にしそうなほどだ。後々うるさい!とでも言われたら…考えるだけで恐ろしい。止めよう、考えるのは。

 「取り敢えずダリの事知りたいな。年齢、職業、好きなもの、嫌いなもの、どうしてこの家に住んでるのかとか教えてよ!」

 言葉は人を変える。敬語なら遠慮気味に。タメ口なら積極的に。使い分けることはとても大切だ。彼はビックリしたのか、目を丸くしてこちらを見ている。そしてフフッと笑った。

 「僕は23歳だよ。君よりも八つ年上だね笑。職業は…なんでも屋(?)かなー。正確には仕事代行人ってやつ。その名の通り何でもするよ笑!人手不足なところに飛んでいったり、時にはエキストラ、時には俳優、とかね笑。極稀に医者とか、人には言えない仕事とか…笑。結構大変(笑。好きなものは…植物!あと趣味の研究とか。嫌いなものは風鈴かな。あと人でいったら死刑囚。最後に、どうしてこんな家に住んでるのかだけど、、なんでだろうね笑。僕も分かんない。そこは思い出せなくて。こんなにデカい家、誰が建てたんだろうね~笑。…まぁこんなところかな。僕も思い出せない事とか色々あるし。」

 彼が一人で住んでいると思うと心が痛む。本当に誰が建てたんだろうか。彼が建てたのかもしれないが、そうなるとここまで広くする必要は無いはず。

 しかし、風鈴が嫌いな人は初めてだ。死刑囚はまだ分かるが、風鈴は夏の風物詩でもある。私は気になったので、聞いてみることにした。

「なんで風鈴が嫌いなの?うるさいから?」

「うーん…それもあるけど、丸っこくて、今にも落ちてきそうだし、邪魔だし、ぶら下がってるやつがうっとおしくて笑」

 私にはよくわからないが、やっぱり人それぞれ違うんだなと確信した。うるさいのが嫌いなのか…。私はとてもうるさい人間だからな。

 「…ねぇ、この家の中案内してよ!何か思い出せるかも知れないし…あと、好奇心満たせる!」

どう返したらいいか分からなかったので、家の中の探検を提案した。歩くのは面倒だが、これは私の記憶を取り戻すためだし、仕方がない。

 彼は快くその事を受け入れてくれた。どうしてこんなに優しいのだろうか………どうして記憶を失わなければならなかったのか。

 …そうして私達はこの広過ぎる家の中を歩き始めた。そう、記憶を少しでも取り戻すために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る