第64話 一陽-2
反対方向へ向かうリデルを見送った後、フォルテとソリオは、庭園を抜けて森の奥へと入っていった。その先、ソニアの神殿があった場所では、リテラートとクラヴィスが剣を交わしているはずだ。
「リテラートも決して弱くはないんだけどなぁ」
森を歩きながらフォルテが空を見上げて呟いた。ソリオも頷きながら、微かに聞こえる剣のぶつかり合う音に耳を澄ます。フォルテの言う通り、リテラートの剣の腕はかなりのものだが、相手がクラヴィスとなると話は別だった。
彼の魂に刻まれた戦いの記憶が、先々を読む力と、その知識に裏付けられた身体の動きを与えていた。そう考えるとどんな手練れも彼に勝つのは、至難の業ではないだろうか。
「それじゃぁ、俺を殺せないよ? とか、言っちゃうんだよなぁ、クラヴィスが……」
「それそれ、絶対、面白がってるんだもん。まぁ、見てても面白いからいいけど」
「俺も……おも……えっと、主の剣が上達するのは嬉しいよ。うん」
じっと見つめてきたフォルテの視線を、咳払いで遮ったソリオは、見えてきた二人の姿に視線を移した。今日もまたリテラートは中々上手く行かないようで、遠目からでもムキになっているのが分かる。
「ちょうど、止め時だったみたいだね」
クスクスと笑ったフォルテは、駆け出して二人に近づいていく。それに気づいたクラヴィスが剣を下げると、ここぞとばかりにリテラートが向かっていった。しかし、それも彼には避けられ、あまつさえ、バランスを崩したその身を抱き留められていた。
「勝負あったってところ? 」
「そう、そんなところ」
「まだ決まってない! 」
「リテラート、往生際が悪いですよ」
ソリオに窘められて、ぐっと言葉を詰まらせたリテラートは、自分を落ち着かせるようにふぅっと息を吐いた後、漸く剣をおさめる。
「時間か? 」
「えぇ、着替えもありますので、そろそろ準備をして下さい」
「分かった。クラヴィス、終わったら、続きだからな! 」
「はいはい」
ふんっと鼻息荒く歩き出したリテラートに続いてソリオが森を後にする。残ったクラヴィスとフォルテは、顔を見合わせてくすりと笑った。
今日は、今期の「ステラ」と「サウスステラ」の就任式典がある。
昨年同様、生徒たちの投票によって決められた彼らは、アカデミーの管理者でもあるサルトス女王 ヴェーチェルの前で誓いの言葉を述べる。前日に行われたサードの就任式をもって「フテラ」となった生徒も見届け人として出席するそれは、アカデミーの中でも一番華やかな行事でもある。
今期もステラたちは、主席のリテラートをはじめとする前期と同じ面々がそこに並ぶ。シルファを先頭にしたフテラに続き、式典用の白い制服に身を包んだ八人が壇上に現れると会場内は歓声と拍手に包まれた。
厳かな雰囲気の中、式典は粛々と執り行われ、ヴェーチェルからステラの証でもある襟章を各自が授けられていく。そして、最後、リテラートがヴェーチェルの前に立つと、彼女はふっと笑った。
「相変わらず、すごい人気じゃの。フランとトルニスの時には、人気が二分化されておったからなぁ……。二人が首席と次席を努めた時も今と同じくらい賑やかであった」
思いがけず父の学生時代を聞く事になり、どこかむずがゆさを感じたリテラートであったが、彼らと同じ務めを果たせることを誇りにも思った。
「そう、ですか……」
ヴェーチェルの手によって、襟へ宝玉があしらわれた襟章が付けられる。その宝玉は穏やかな森を現わすような緑色で、女王の携える宝杖と同じ翡翠であった。
「では、リテラート、誓いの言葉を」
はい、と頷いたリテラートがヴェーチェルの前に姿勢を正すと、控えていた七人も彼の後ろに並ぶ。次席のカーティオ、その隣にティエラ、フォルテ、ウェルス、そして、クラヴィスとリデル、ソリオ。
そして、リテラートが膝を付き、襟にあるステラの証を握り込むと、七人もそれに倣った。
「我らは未来のルーメンを担う者として、この地を慈しみ、人を愛し、持てる力を惜しみなく注ぐことを誓います」
「森の管理者 ヴェーチェルが確かに聴いた。彼らの行く道に祝福を、女神の愛した人の子らに光あらんことを……」
ヴェーチェルが宝杖を振ると宝玉と同じ色の光が舞った。
そしてまたルーメンに季節は巡る。
花綻ぶ春を迎え、心躍る夏を経て、実りある秋を迎える。そして、これからの冬は、冬石を運ぶ騎士団の姿は見られないが、その代りに冬の女神に祈りを捧げる姿が各地で見られるだろう。
その頃、静寂を取り戻したサンクティオの王宮では、マイオソウティスの花びらが春風に乗って舞っている。遥か昔、国祖王が手ずから育てたと言われるその花は、春になると、今でも王宮の中庭を彩っていた。
ファートゥムの見る夢 沙霧紫苑 @sagiri_sion
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