第63話 一陽-1


 冬の間に身を寄せていた民たちも元の生活に戻り、二年目の春期を迎えたアカデミーは、冬の間に起きたことが嘘であったかのように穏やかな時が流れていた。


 守護石は神子たちの手に戻され、アカデミーを覆っていた結界も通常のものへと切り替わっている。結界について一定の成果を得たアカデミーの研究所は、以後も精力的に様々な研究が進められていた。

 特に今は警備用に開発された小型通信玉を改良し、術者を必要としない長距離使用向け通信玉の実用化に向けて動いてる。


「カーティオ様、この記録についてお話聞かせてください」


「どこ? あぁ、それね」


 カーティオたちが使っていた試作品は、ティアナが通った際に砕けてしまったので、記録という名の彼らの記憶を基に新たに作成中だ。


「ティエラ様は、こちらをお願いします」


「んんと……あの、それ、何だったかな」


 研究員たちに詰め寄られる二人を眺めたシルファは、ふふっと笑う。今回の事がきっかけで、サードで研究所に入りたいというセカンドの生徒たちも出入りするようになったここは、活気にあふれている。


「シルファ、何笑ってるの。君も手伝って」


「カーティオ、次期は君が研究員たちの面倒を見てくれるのだろう? 」


「まぁ、考えておくよ」


 研究所だけではない。アカデミーの各所で、学年間の交流が生まれ始めたのは、間違いなく先の『宝探し』の影響だった。大人になるための準備、それだけの意味しかなかったアカデミーの生活が、自分たちの可能性を見つける期間になった。


 『宝探し』以前、特に制限が決められていた訳ではなかったが、そもそも他の学年の学舎に入る事にためらいを覚えていた。しかし、最近では、各学年棟のラウンジに、その学年だけでなく他の学年の姿も見られるようになり、学年間の交流も行われるようになった。さらに、それをきっかけに学年を超えた集まりを作ろうという動きが出てきているのだという。

 その一つ、図書館の一角では、ソリオを中心とした魔術が得意なものが集まり、研究所とはまた違った方面での魔術の活用法が話し合われていた。その中にはウェルスの姿もあり、彼自身は魔導書を使った魔術の使い方について学びながら、ソリオの試みに参加している。


「ウェルスは、声に魔力をのせる事が出来ているんだから、魔導書を発動する媒体ではなく、増幅装置だと思えばいいよ」


 今は、『宝探し』でソリオが作った最後の仕掛けを参考に、魔術を得意としない人でも使えば封じ込められた術が使える宝玉が作れないかと模索中だ。ソリオの得意とする炎と風の魔術に関しては、宝玉を作るところまでは出来ている。次にウェルスの癒しを封じ込められないかと、何度目かの挑戦をしていた。


「増幅……」


 ソリオの言葉に頷いたウェルスは、パタリと手にしていた魔導書を閉じると、片手でその表紙に触れたまま、もう一方の手に水晶を握る。


「癒しのしらべ、安らぎの光、いたみを溶かせ」


 ふわりと握られた水晶が柔らかな光を放ち、消えていった。ウェルスが握った手を開くと、水晶の中にゆらゆらと漂う光が見える。


「出来た」


「ウェルス様、やりましたね! 」


 じっとその様子を見ていた生徒たちから喜びの声が溢れた。


「うん、ありがとう。皆が根気よく教えてくれたから……」


「じゃぁ、あとは、これを誰もが発動できるようにしていかないと」


 水晶事態を変化させる事は出来ても、何かを対象にした場合に上手く発動しない。個人の持つ魔力量に左右されるなど、課題は多くあったが、それは学生たちの意欲にも繋がっていた。


「リデルに試してもらう? 」


「リデルは使えない訳じゃないからなぁ。皆の友達とかで協力してくれる人を集められないかな? 」


 ソリオの問いかけに、参加している生徒たちが次々と声を上げていく。ここに参加しているのは貴族や上流階級に属する者だけではなく、今まで魔術とは無縁に過ごしてきた商家や農家の出の者も多い。アカデミーで学ぶうちにその才能を開花させた生徒もいる。


「私、クラスで声を掛けてみます」


「じゃぁ、俺は寮とかラウンジで」


 最初は感覚の違いで話がかみ合わない事も多々あったが、互いが互いを理解しようとする動きが出てきている。日を追うごとにみられるそんな変化に、ウェルスは旅をしていた頃の自分のようだなと思う。


「あぁ、それはいいね。人数が増えるなら何処か部屋を借りれるようにしよう」


 きっと以前の自分たちは、表面上は上手く行っているようで、それはただ相手のことをきちんと理解していないだけだった。互いに相手と向き合えば今まで見えなかったものが見えてくる。そうしてやっと、本当の友人と言えるようになった。そんな風に、皆がなれればいいと考えるようになったのは、確かに森を出たことがきっかけだ。


「ソリオ、そろそろフォルテを迎えに行く時間じゃなかった? 」


「え? あ、ほんとだ……俺、行くから、ごめん皆」


「俺も、もう少ししたら行く。後でね」


 いってらっしゃいとウェルスと皆に笑顔で見送られたソリオは、足早にその場を後にした。


 セカンドの広場では、フォルテがリデルを相手に体術の鍛錬中だ。弓を一番得意とするリデルだが、ティエラの護衛という立場から一通りの武術をこなせるようには訓練していた。それでも、マスターレベルのフォルテを相手にすれば遅れを取ってしまう。息が切れ始めたリデルに対して、フォルテは吐く息も何一つ乱れていない。そんな彼相手に一本を取ったクラヴィスの事を思うと、素直に称讃せざるを得ないなと思う。


「リデル、考え事してる暇なんてないよ」


 言うなり、距離を詰めて懐に入ったフォルテは、リデルに強力な拳を突き出した。辛うじてそれを両手で受け止めたリデルの身体は、数歩分、後ろへ飛ばされる。


「くっ……」


「もっと強くなるって言ったのは君だから。僕は手加減しないよ」


「分かってる……って! 」


 負けじと撃って出たリデルは飛ばされた分の距離を詰めると、身を低くしてフォルテの懐に入ろうとした。しかし、目の前のフォルテはニヤリと笑う。しまったと思った時には、リデルの足は払われて尻もちをついていた。


「いってぇ……」


 すっと差し伸べられたフォルテの手を取ってリデルは立ち上がる。ため息を吐きながら服に着いた砂を払う彼の腹に、フォルテの拳がトンッと当たった。


「リデルは身体が大きい分、次の行動へ出る時に無駄が出る。それが相手に次の行動を読ませてるんだ」


「そう言われてもなぁ。身体は小さく出来ないし」


「いきなりは無理だろうから、そういうの意識していけば直ってくるんじゃない? 」


「積み重ねって、やつか」


「そういうこと」


 その時、見学者をかき分けてきたソリオが二人に声を掛けた。

 呼ばれるままに、見学者たちの方へ歩み寄る二人に、それまで様子を伺っていた彼らから待ち構えていたように差し入れが渡される。それぞれにありがとうと受け取った二人は、ソリオの合流を待った。


「二人ともあんまりのんびりしていられないよ。着替えとか、準備もあるだろ? 」


「もう、そんな時間? じゃぁ、リテラートたちも呼びに行かないと」


「じゃ、俺はサードの研究所行ってくる」


 頷き合った三人は、それぞれの目的地へと向かう事にした。

 広場を後にする時にフォルテが集まっていた生徒たちに、もう一度、ありがとうと笑顔で告げると女生徒からは悲鳴が上がった。それを横目で見ていたソリオは呆れたようにため息を吐いた。

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