第62話 交戦-10



 暗くなる前にと、マラキアの村まで戻ったが、クラヴィスの状況は変わらないままだった。それなのに、ティアナの存在は徐々に薄くなっていく。冬石が砕けるまでは何とか留まれるというが、それも時間の問題だった。少しでも長く居られるようにと、今は彼女の魔導書を依代にする事にした。


 クラヴィスが寝かされている部屋に六人は集まっていた。


「こんな時になにもできない神子なんて何の役にも立たないじゃないか……」


 絞り出すように吐かれたカーティオの言葉に、肯定も否定も出来ないまま、五人は押し黙るしかなかった。

 そっと手を伸ばしたリテラートは、その指先でクラヴィスの頬へ触れる。魂が見当たらない、そのティアナの言葉を聞いていなければ、彼はただ眠っているようにしか見えない。触れた指先は確かに温もりを感じるのに、この身体は抜け殻なのだ。

 こんなことになるなら、いっそ、あの時にクラヴィスが望んだとおりに彼を撃っていればよかったのだろうか。そんな考えもリテラートの中に浮かんでくるが、すぐさま、それを打ち消す。それをしたところで、クラヴィスが救われることはない。自分たちの知らない所で、また彼は新たなカエルムを背負った生を始めるだけだ。


「瑠璃……あなたなら彼の魂の軌跡をたどることが出来るかもしれない」


 ティエラはもう姿を現すことも出来なくなったのか、その音だけが部屋に響く。


「あなたは紡ぐ者。人の運命を紡ぎ出すあなたなら、数多の可能性から彼を見つけられるのではないかしら」


 聞こえたティアナの声に頷いて瑠璃を掌に握りしめたカーティオ。

 気が付いた時には魔力を自在に操れていたし、周りの大人たちの反応からその力の大きさも理解した。彼自身、『紡ぐ者』の力が何なのかはよく分かっていない状態ではあるが、ただ、たどるという言葉通りにクラヴィスの魔力を探す、今はそれしか出来そうにない。


「たどる……分かった。やってみる」


「私はそれを伝って彼の魂を連れ戻す。きっと、それが私の出来る最後だわ」


 ウェルスは抱えていた魔導書をクラヴィスの脇に置くと、大事そうに一度だけするりとその表紙を撫でた。それを合図とするように、ふわりと魔導書から魔力が立ち上る。カーティオは瑠璃を握った手でクラヴィスの手を取ると、彼の手にそれを握らせるようにして包み込んだ。クラヴィスとは幼い頃から共に過ごしてきたから、彼の魔力がどんなものだったかすぐに思い出せる。大丈夫だと自分に言い聞かせたカーティオは、そっと瞳を閉じて彼の身体に残る魔力を探る。

 封印石が効いているのか、そこに黒い魔力は見当たらない。その代り、彼がもともと持っていただろう清爽な魔力がそこにあった。その事実に安堵しつつ、今度は注意深くそれの行き先をたどっていく。糸のように伸びる魔力は細く消えそうで、その魔力を包み込みながら進んでいくと、途端に魔物の力を感じてカーティオが身体を固くした。その様子を見ていた五人にも緊張が走る。


「時の……狭間? 魔物に連れ去られたのか? 」


 さらに暗闇の中を進んでいくカーティオの魔力は、その中にぼんやりと浮かぶクラヴィスを見つけた。


「居た……けど、魔物に」


「じゃぁ、クラヴィスは……」


 カーティオの呟きにソリオが言葉を続けるがその先を口には出来なかった。まさか、とフォルテがふらりと後退ると、その身体をリデルが支える。


「ティアナ……行くんだね」


 ウェルスの言葉に反応するようにティアナの魔力が彼を包み、その耳へソリオと同じ形の耳飾りを残す。そのまま指先を伝って瑠璃を握るカーティオとクラヴィスの手に渡ると、瑠璃に吸い込まれるように消えていった。

 カーティオの作った道をたどったティアナの魔力は細く輝く鎖となり時の狭間へと伸びていく。そして、今まさにルナティクスにその首を取られようとしている彼の身体を拘束した。

 カーティオの手に自分の手を重ねたリテラートは、そっと目を閉じて、二人の魔力を感じた。魔力の使い方なんて分からない、けれど、ゆっくりと呼吸を繰り返しカーティオの温もりを感じ、クラヴィスの頬の温もりを思い出す。瞼の裏に浮かんだのは、カーティオが見ている魔力の先の景色だった。一面の闇の中で、ティアナの鎖に拘束されたクラヴィスは全てを諦めてしまったかのようにじっと動かない。


「戻ってこい、クラヴィス」


 ピクリとその身体が揺れた気がしたが、クラヴィスはその顔を上げないままだ。


「俺はお前を諦めない。だから、お前も自分を、クラヴィスとしてのお前を諦めるな」


 ゆっくりと顔を上げたクラヴィスは、虚ろな瞳のままで暗闇から響くリテラートの声を聞いた。


「私は、あなたを苦しめるだけだ」


「それでもいい。お前が望むなら、その時は俺がお前を殺してやる」


 その言葉に、虚ろだったクラヴィスの瞳に微かに光が戻る。もう少しだとリテラートは思う。『その時』など来なくていい、けれど、今は彼を取り戻すためならその言葉は必要なものだ。


「戻ってこい。俺たちの所へ」


 ふっとクラヴィスの口元に笑みが浮かんだ。彼を拘束していたティアナの鎖が砕けていく中、その身体は闇に落ちていく。咄嗟に手を伸ばしたリテラートは、辛うじてクラヴィスの右手を捉えた。


「女神も、案外、愚かだな……」


 しっかりと握り返されたクラヴィスの手は、ほっとするような温もりを持っていた。


「クラヴィス! 」


 彼を引き上げた感覚と共に目を開けたリテラートは、クラヴィスの瞼がゆっくりと開かれるのを見た。


「リテラート……皆、ありがとう。俺は、まだ君たちの傍に居てもいい? 」



 それから三日後、冬石が砕け、冬の加護を引き継ぐ存在が現れたとルーメン全土に知らされた。



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