第60話 交戦-8
くくっと笑うクラヴィスの声は冷たく響く。皆に背を向けた状態で立っている彼の表情は見えないが、先程まで黒い魔物の魔力を吸い込んでいた剣は、今はその魔力で覆われ、彼の腕もそれが纏わりつくように覆っていた。
「ティエラ! 聞こえる? ねぇティエラ! 」
「聞こえる、カーティオ、落ち着いて。もう少し、もう少しでティアナの檻を引き継げる」
朝早くからサルトスの神殿に入ったティエラは、その中央に立つ「ファートゥムの樹」と対話をしていた。カーティオからの通信を受けたのは、漸くティアナの下へ到達し彼女の枷を解いたところだったのだ。
「ティアナ、お願い、あなたの選んだ者の下へ急いで」
ソリオの風が止み、周囲は再び霧に包まれる。それでも、増えていく黒い魔力を纏ったクラヴィスの姿は、霧の中でも浮かび上がっていた。
「お願い、早く、早く……クラヴィスが」
カーティオの取り乱した声が響く中、リテラートとフォルテは騎士団を下がらせ、クラヴィスから距離を取った。そして、彼らをソリオとウェルスの結界が護り、リデルはミルの矢を構える。
その時、カーティオの持っていた通信玉が割れて、辺りにその欠片が飛び散った。キラキラと僅かな光を反射したそれは、やがて人の形になり、それは髪の長い女性の姿となっていた。
「……ティアナ」
囁くように名を紡いだウェルスを捉えると、ティアナは彼の手にしていた魔導書に触れた。開かれた魔導書は、目的の場所を探すように勢いよくページがめくられていく。ピタリと止まったそこに、ウェルスの手を導いたティアナ。
「女神ティアナの名をもって命ずる。時の鎖よ、彼の者を縛め、封ぜよ」
頭に浮かんだ言葉をウェルスが紡ぐと、ティアナの足元から鎖が伸び、クラヴィスを拘束し、さらに奥へ伸びた鎖は霧に隠された道を塞いだ。その鎖にぐっと呻き声を上げたクラヴィスだったが、抵抗することなく、その拘束を受け入れている。その鎖が魔物の力を抑えているからか、見れば、彼の姿は少年のものへと変わっていた。
「リテラート……頼む、今なら」
「俺はお前を撃ったりはしない。あんな……あんな一言で許してやるものか! 」
「今なら……そうだ、皆、今なら魔物を倒してもクラヴィスには取り込まれない。早く残ってる魔物を消すんだ」
カーティオの言葉に、再びソリオの風が吹き、皆で魔物を消していく。今度は道が塞がれているため、その数はどんどん減っていくのみだ。やがて、周囲から魔物の姿がなくなり、とうとう魔物の力を持ったのはクラヴィスだけとなった。
「ミルの矢を……」
ティアナが差し出した手に、リデルがミルから受け取った矢を乗せた。リデルの手ごと矢を包み込んだティアナは、三本だった矢を一つにする。
「これで道を塞いで」
ティアナの言葉に頷いたリデルは、真っ直ぐに道まで伸びた鎖を標にして矢を構えた。ソリオは風を止め、ギシリと矢を引く音がして、皆が彼を祈るように見つめる。ビュンッと空を切る音をたてて、鎖の伸びた先へ真っ直ぐに光の起動が描かれていく。そして、何かが割れる音と共に、道の方から鎖も砕けていった。
クラヴィスを拘束していた鎖も例外ではなく、突然解かれた拘束に、彼が膝を付くと、その身から黒い魔力が靄となってが立ち上る。あっと声を上げてその靄に手を伸ばしたクラヴィスだったが、待ち構えていたリテラートがそれを切り裂いた。霧散していくそれを呆然と見つめたクラヴィスは、不意に糸が切れたように倒れた。
「クラヴィス……? なんで……」
リテラートの手をすり抜けた剣が、カランと音を立てて地面に落ちた。その音でハッとしたようなカーティオは、クラヴィスに駆け寄ると、心臓の音を確認する。彼がほっと息を吐いたのを見て、リテラートも幾らか緊張を解いた。
「今のうちに新たな封印石を作るわ。瑠璃……そのために姉妹たちの力を貰えるかしら」
咄嗟に姉妹の意味が分からず、しばらく考えた後、カーティオはクラヴィスから渡された女神の加護を集めた水晶を差し出した。それを受け取ったティアナは、フォルテたちを手招きする。
「リリー、ミル……ソニア、力を貸して。あなたも……」
クラヴィスが持っていた剣を拾い上げたティアナは、最初にウェルスの手を取ると、フォルテ、ソリオ、リデルの順に柄へその手を重ねさせていく。そして、最後に自分の手を重ねた。
「停滞は終わり、発展し、高揚の時を超え、結実は確か。そしてまた時は巡る。巡り廻る檻となる」
その言葉と共にティアナの掌からふわりと浮き上がった水晶は、元の魔力の光となり、柄の上で重なった手を囲む様に回る。やがて混ざり合い白く輝く魔力へと変化したそれは、柄にはまる宝玉へ宿った。
ティアナから剣を受け取ったカーティオが、意志を持たないクラヴィスの手にそれを握らせると、宿ったばかりの魔力が彼の身体を包み、その身体に吸い込まれるように消えていった。
「クラヴィス? 」
脇に膝を付いたリテラートが窺う様に名を紡ぐが、彼の瞼は重く閉じられたままだ。
「ティアナ、これはいったい」
ティアナを見上げたリテラートの問いかけに、彼女は信じられないと首を横に振った。
「分からない。王の……カエルムの魂が見当たらない」
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