第59話 交戦-7


 霧に覆われたネブラの森は、陽が高くなってきた時間でも暗く、奥の方までは見えなかった。その不気味な様子に馬たちが怯えたため、一行は徒歩で奥へと進んでいた。

 目的は、異界と通じている道をふさぐこと。

 クラヴィスが取り込んだ魔物から得た記憶の中に在ったそれは、今のルーメンには一つしかなかった。ネブラの森は精霊たちも寄り付かないため、そういった道ができやすい。それを封じたところで、また新たな道が生じる可能性は十分にあるが、しばらくはそこを通ってくる魔物はいなくなるはずだ。

 そしてもう一つ、クラヴィスには目的があった。魔物たちを指揮する者の存在を探る事だ。深紅の記憶にあるその時は、騎士団長だった。それならば、彼のみにならず自我を持ったまま魔物と化し、今でもカタストが収める国を再興しようとしている存在があるかも知れない。それに、何故『カギ』の存在を知っていたのかも気になるところだった。

 先頭を行くクラヴィス、その後ろにリテラートとソリオ、騎士団に囲まれるようにカーティオたちが居る。手を伸ばせば触れられる距離からじっとクラヴィスの背中を見つめるリテラートは、剣の存在を確かめるようにその柄をぎゅっと握った。


 霧の中でどれだけ進んだかも良く分からないまま、ふと何かに気付いたクラヴィスが立ち止まった。気付いたのは彼だけでなく、彼らの魔力が何かを見つけたのか、ソリオもカーティオも立ち止まる。


「止まって……」


 クラヴィスが剣を構えると、それに続き皆がそれぞれ戦闘態勢に入った。


「クラヴィス、囲まれてる」


 カーティオの言葉に頷いたクラヴィスは、魔物を閉じ込めていた水晶を取り出すと地面に置き、剣を突き立てた。刃先が刺さった場所から黒い魔力が立ち上り、剣に吸い込まれるようにして消えていく。それと同時にクラヴィスの姿も青年のものへと変わっていた。


「クラヴィス、それが君の真の姿なのか? 」


 騎士団長の静かな問いかけに、クラヴィスは周囲へ目を向けたまま答えた。


「そうかも知れません。もう、分からないのです。どれが本当の私か」


 それがどういう意味かを問おうとした騎士団長だったが、明らかに増えてきている魔物の数に、団員たちに神子たちを護る様に告げる。クラヴィスの隣に剣を構えて立ったリテラートは、ちらりと彼の横顔を見上げた。何時もより高い位置にあるそれに、今まで自分が見てきた彼とは違うのだと思い知らされた気がする。


「見えた。すぐそこに道がある」


 魔力を辿ったカーティオが告げると、一同に緊張が走る。それと同じくして、ギギギと魔物たちの声がして、霧の中に黒い影が浮かび上がった。


「皆、なるべく固まって動くように、この視界では同士討ちになりかねん」


 騎士団長の言葉にそれぞれが頷き、近くにいた者と距離を詰める。リテラートもクラヴィスと背中合わせに立った。


「ここは精霊たちが居ないからやりにくい。ソリオ、力を貸して」


 掌に魔力を溜めたカーティオは、それを撃ち込むか躊躇っているようだった。霧の中でむやみに光を放てば、かえって味方の目くらましになってしまう。精霊たちが居れば、この霧を晴れさせることなど造作もないのだが、ここには彼らの姿はない。それでも、ティアナから引き継いだとはいえ、ゲンティアナはソニアの加護を受けた土地。視界は悪くとも、地の利は十分こちらにある。


「分かった。風よ! 」


 カーティオの言わんとするところを汲んだソリオが宝杖を握ると、彼を中心に強い風が吹き、周囲の霧を飛ばしていく。開けた視界の先に、ひしめき合うようにこちらを見ている魔物たちの姿があった。想像以上の数で、それを見た騎士団員たちも思わず後退る。


「見えればこっちのもんだ」


 カーティオが撃ち込んだ光に続き、リデルが放った矢は魔物たちを射抜き、矢の通った場所から魔物たちが霧散していく。だが、通り抜けた矢は、魔物ではなく奥にあった木の幹に刺さった。何故か、手応えは全く感じられなかった。


「まぼろし……では、ないよな? 」


「リデル、僕に当てないでよ。ウェルス、お願い」


 その言葉にウェルスが歌い始めると、フォルテは地面を蹴って飛び出した。一気に魔物たちと距離を詰めると、手当たり次第に魔物を倒していくが、彼もまた手応えの無いそれに首を傾げる。一方、リテラートとクラヴィス、そして騎士団員たちも、迫ってきた魔物たちを切り捨てていく。しかし、どれも手応えはない。そして、魔物たちの姿は、減るどころか、増えていっているように見えた。


「なんだこれ……」


 手応えはないが、迫ってくる魔物をそのままにしておけず、それぞれが目の前の魔物たちと対峙し、消していった。霧散していく魔物の起動を辿ると、それらはすべて、クラヴィスの持つ剣が吸い込んでいく。


「待って、皆、止まって! お願い! 」


 カーティオの叫びに仲間たちも、騎士団も止まった。そして、同じように魔物と対峙していたクラヴィスの変化に気付く。


「やられた……私をおびき寄せて、魔物を切らせて、魔に落とすのが狙いだったのか」


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