第58話 交戦-6
「カエルム! 」
叫びながら起き上がったリテラートは、ベッドの上にいた。さっきまで食堂でクラヴィスと話していて、その後、光に包まれて……。咄嗟に記憶を辿っていく。
「そうだ、クラヴィス」
ベッドから降りようと身体を捻った時、サイドテーブルに乗せられている剣と、冷めてしまったミルクが目に入った。その脇には小さな書置きがある。
『ごめん』
「何が、ごめんだよ。そんな……」
カエルムを貫いた深紅の慟哭が、リテラートの胸を焼く。
装飾の中、宝玉が一つ増えた剣を取ると、力のようなものを感じられる。今まで分からなかったそれが魔力なのかと、まるで他人事のように思う。クラヴィスがこの剣の真の力を解放をした。その意味が、今はリテラートに重くのしかかる。今の彼を救う方法が、この剣で彼を殺す事だなんて、そんな事があっていいものか、と。
「リテラート、起きてる? 」
控え目に叩かれた扉と声にリテラートはベッドを降りて扉を開けた。
リテラートの部屋を訪ねてきたのは、カーティオとウェルスだった。魔導書の使い方を教えてくれと言ってきたウェルスに、カーティオが応え二人で練習をしていたらしいが、食堂からの物音に気付いて駆け付けた。そして、二人のやり取りを聞いてしまったのだという。リテラートが記憶を得たのだと知った二人は、それを聞くためとクラヴィスを救う方法がないかを考えるために来たのだ。
二人を招き入れたリテラートが何から話そうと迷っていると、再度、扉が叩かれた。今度はソリオとリデル、その向こうからフォルテも来ていた。ソリオとリデルは村に異常はないか見回りの途中で、村の外に向かうクラヴィスを見つけ、家を出たクラヴィスを追っていたフォルテに会った。フォルテはクラヴィスの行き先を確かめ、二人は見回りを終えてきたのだ。彼は村の外に騎士団と合流し、恐らく、この家には帰ってこないだろうとフォルテは言う。ならばと、集まった六人はティエラを呼び、彼を救う方法を七人で考え始めた。
「だから、クラヴィスはリテラートに……」
リテラートが得た深紅の記憶で今までのクラヴィスの言動に裏付けが出来た。今は封印石がない、だから魔に飲まれる前に浄化の刃を受けて、次の生にかけようというのか。
「封印石を作るのにはティアナの力が必要……だけど」
リデルの呟きに続く言葉は、誰もが飲み込んだ。
ウェルスがティアナの下へ行けたのは、ゲンティアナの神殿だったからで、好きに行き来出来る訳じゃない。例え行けたとしても、魔王の核がそこにある限り、彼女をその檻から解き放つわけにはいかない。やはり、クラヴィスを撃つしか方法はないのだろか。そこに行きついてしまう考えと、どうする事も出来ない歯痒さにじっとしていられず、リテラートが苛立ちを隠さないまま席を立つ。
あのさ、と控え目に玉から聞こえたティエラの声は、柔らかく部屋に響いた。
「俺、ずっと考えていたんだけど、琥珀でティアナが維持している檻も引き継ごうと思っている」
「でも、ティエラ、そんな事したら君が」
あの檻を作った時、琥珀だけの力では維持できないから、ティアナが手を貸したのだろうとティエラは言う。だが、今は戦いのあとで疲弊している状態ではない、更にルーメン全土に祈りの力が満ちている。特にアカデミーを有するサルトスのそれは、ティエラの神子としての力となっていた。
「正確には、琥珀で全てを引き継ぐ訳じゃなくて、『ファートゥムの樹』だね。俺には見えてる風景を皆に言葉で説明するのは、ちょっと難しいんだけど……そうだな、樹の根を伸ばして、檻を包んでしまおうって思ってて」
「ファートゥムの樹の根で、ティアナの代わりをするってこと?」
森を支える『ファートゥムの樹』は琥珀を生むとされ、黄昏の神子が作った時の狭間にある檻へと続く根を持っていた。ティエラはその根を通じて、ティアナの檻へ接触を試み、その機能を引き継ごうとしている。
「そして、ティアナを縛る鎖を、ミルの矢で俺が壊せば……」
「少なくともティアナを解放する事が出来る。その後は、伸ばした根で檻を維持して、核の魔力を少しずつ浄化する。それが全部上手く行くとは思ってないけど、とにかく今は先には進めるでしょ」
あとは任せたよと、カラリと笑って見せたティエラに、分かったとリテラートは答えた。
「あいつが諦めていたとしても、俺は諦めない」
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