第57話 交戦-5
光が収まり、何が起こったか確かめようと目を開けたリテラートは、たった今いた場所とは違う場所に立っていた。少し雰囲気が違っているが、そこはサンクティオの王宮の景色に似ている。しかし、普段は穏やかな時を刻むその場所は、今、凄惨な戦場と化していた。
「民たちを奥の神殿へ、戦える者は剣を持て! 」
「深紅、後ろ! 」
その言葉と共に、深紅の真横を通った矢が彼女の後ろにいた魔物を射抜いた。
「ありがとう、ミル」
「魔術師たちがもう限界なの。リリーとソニアも圧されてる。中央は……もう、カエルムしかいないわ」
「分かった。何としても抑えるから、もう少し耐えてくれ」
頷いたミルに微笑を返した深紅は、時折道を塞ぐ様に立ちはだかる魔物たちを切り捨てながら、中央への長い廊下を駆けて行った。
中央の謁見の間では、魔物に囲まれたカエルムが飛び掛かるそれを薙ぎ払うように切り捨てていく。その度に、黒い靄となった魔物がその身に吸い込まれていった。
「やめろ、カエルム。それ以上、取り込めば、君は……」
「あぁ、深紅。無事でよかった。大丈夫、ちょっと解放までが長くなるだけだよ。それより、民たちは? 」
「大丈夫だ、奥の神殿へ逃がした。だから、何としてでもここで食い止める」
隣に立ち剣を構えた深紅に、カエルムも頷いた。その時、魔物たちをかき分けるようにして一際大きな魔物が二人に近寄ってきた。
「モトモト、ココハワレラノシロ」
「戯言を! 」
「オウジ、チチウエノムネンヲオワスレカ」
「なっ……」
「あなたがこの戦いを引き起こしたのか、騎士団長」
「サヨウ。オウジ、アナタヲムカエニキマシタ」
恭しく腰を折った魔物は、かつてカタストに仕えた騎士団長であった人だった。魔に飲まれながらも自我を持ち続けたのは、強い執念か、それとも持っていた魔力の差なのか。
「断る。私は、父のようにはならない。なってはいけない」
「シカタアリマスマイ、デハ、チカラズクデ、ソノカラダヲエルマデ」
周囲の魔物たちをひねりつぶし、自分の力にしていく騎士団長だった人。その身体は一回り大きく、纏う魔の力も強くなっていく。気付けば、謁見の間にいた魔物は全て、彼の糧となっていた。
幼い頃、剣を教えてくれた騎士団長は、カエルムの憧れでもあった。強くて聡明な彼のようになりたいと、思ったことも少なくない。それが今は見る影もなくなってしまった。だからこそ、カエルムは彼を撃たねばならなかった。
「あなたを切れば、私たちの勝ちだ! 」
「やめろ! ダメだ、カエルム」
深紅の声が響く中、激しい打ち合いの末、カエルムは魔物となった騎士団長を切り捨て、そのままその身に取り込んでいく。他の魔物を糧としたその力は、想像以上に強く大きい。それでも、苦痛に顔を歪めながら、それを受け止めるカエルムだったが、とうとう膝を付いた。徐々に彼の中で大きくなっていくその力に、耐えられなくなったのだ。
「くっ……深紅、今だ、私を撃て! 」
ふるふると首を横に振った深紅に、ふらりと立ち上がったカエルムがゆっくりと近づく。彼自身が持つ力以外には、深紅の持つ剣でなければ、カエルムが取り込んだ魔物の力は浄化できない。距離をとる深紅に、手をばしたカエルムは、彼女が握っていた剣を掴む。
「やるんだ、深紅」
深紅の剣は、破魔の力を持つ。故に、カエルムが掴んだ手がその力に焼かれていく。
「いや、嫌だ……」
「頼む、私が魔王になってしまう前に……どうか」
ぐっと呻いたカエルムが後退る。その身を黒く、禍々しい魔力が覆っていく。
時間がなかった。
「シンク、ハヤク」
両手で構えた深紅の剣は、声にならない彼女の悲鳴と共にカエルムの身体を貫いた。
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