第56話 交戦-4

 


 眠気の訪れないままベッドに入って目を閉じたが、どうしても眠れそうになかったリテラートは、諦めて部屋を出た。誰もいない食堂で小さな灯りを一つともし、先程まで皆が座っていたテーブルに着いた。

 その身を持ったまま魔王の魂が、カエルムを飲み込んでしまったら彼が魔王となる。そうならないためにカエルムは……クラヴィスは自分を撃てという。しかし、それは一時的な解決でしかない。クラヴィスとしての生は終わるが、カエルムの生は終わらない。また新たなカエルムの魂を持つ者としての生が始まる。だからだろうか、彼がその生に執着を持っているように見えないのは。


「眠れない? 」


不意に掛けられた言葉は、酷く優しく響いた。


「お前は死ぬのが怖くないのか? 」


「怖くないって言えたらかっこいいのかもしれないけれど、それは嘘になるから、言えない」


 答えながらリテラートの隣に立ったクラヴィスは、湯気の立つカップを二つ置くと、彼の隣に座った。甘くしておいたと笑い、自分のカップに口を付けたクラヴィスをリテラートはただ見つめていた。

 アカデミーに入る前からカーティオ、フォルテと共にサンクティオに訪れていたクラヴィスとは、特に親しくしていた訳ではないが、彼の人となりはそれなりに知っていると思う。妹のレーニスはよく彼に懐いているし、フォルテとふざけている姿は見ているこっちも楽しくなるくらいだ。


「俺は……お前に死んでほしくない。まだ、剣の腕も負けたままだし、まだ、これからもっと……」


「ありがとう、リテラート、そう言ってもらえるだけで俺は……っ」


「ふざけるな! 」


 ガタンと椅子が倒れる音が食堂に響いた。

 感情のままにクラヴィスに掴みかかったリテラートは、その勢いで床に倒れた彼に馬乗りになる。打ち付けた痛みに少しだけ顔を歪めたクラヴィスだったが、すぐにそれを収めると困ったように笑った。


「諦めんなよ。なんでだよ。そんな……顔してんなよ」


「ごめん、リテラート。君たちと過ごすのが楽しくて、つい、近くにいすぎた自覚はあるんだ。そんなの、辛くなるだけだって分かってたのに」


「違っ……俺はそんな事を言って欲しい訳じゃない」


「本当にごめん、また、君につらい思いをさせる事になるなんて……、でも、どうせ殺されるなら、深紅、君がいい」


「なに、いって……」


 下から手を伸ばしたクラヴィスは、リテラートを見ているようでその遠くを見つめていた。

 遠い記憶の中にある、共に戦った陽光の女神 深紅。裁定者でもあった彼女は、暁の女神 瑠璃、黄昏の女神 琥珀と共にカエルムと戦い、ルーメンの理を作り、この地に平和をもたらした。そして、カエルムに力を与えた者でもある。


「次は、もっと君に恨まれるような奴にならなきゃいけないね」


 クラヴィスは伸ばしていた手でリテラートの腰にあった剣を取ろうとした。あわててリテラートはクラヴィスから離れたが、彼の手には既に剣が握られていた。


「やめろ、クラヴィス! 」


 立ち上がり柔らかに微笑んだクラヴィスは、懐から赤い宝玉を出し、柄のくぼみにはめた。まるでそれが最初からそこにあったようにぴったりと収まった宝玉。


「縛めを解き、真の力を解放せよ」


 低く呟くように紡がれた言葉に、はめられた宝玉から光が溢れ、剣を覆う。強い光のその眩しさにリテラートは、思わず目を閉じた。


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